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鍵盤楽器音楽の歴史(6)印刷楽譜

1455年のグーテンベルク聖書を皮切りに、15世紀後半には印刷出版業が興隆します。当然、印刷された楽譜も出版されるようになります。

最初の出版された鍵盤音楽集は、やはりドイツからで、1512年のアルノルト・シュリック (c. 1460 – after 1521) による『オルガンとリュートのための賛歌とリートのタブラチュア編曲集』("Tabulaturen etlicher Lobgesang und Lidlein uff die Orgel und Lauten") です。前半はオルガン、後半はリュートのタブラチュアが収録されています。
https://imslp.org/wiki/Tabulaturen_etlicher_Lobgesang_(Schlick%2C_Arnolt)

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オルガン曲はほとんどが聖歌に基づく作品で、印刷になっても相変わらずドイツ・オルガン・タブラチュアで記譜されてます。しかしその内容はこれまでのような即興的なものではなく、本格的な3声ないし4声のポリフォニーによる作品となっています。

この "Salve Regina" は定旋律による見事な4声部のポリフォニーで、その模倣対位法の技は100年後のスヴェーリンクの作品を予見するものです。

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シュリックは当時の傑出したオルガニストで(やはり盲目)、彼の "Ascendo ad Patrem meum" は10声部のポリフォニーをオルガンで演奏するという驚異的な代物です(ペダルで4パート、手鍵盤で6パート)。

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イタリアからも1世紀ぶりに鍵盤音楽が現れます。1517年、ローマでアンドレア・アンティコ (1480-1538) が出版した『フロットラのオルガン演奏用編曲集 第1巻』 ("Frottole intabulate da sonare organi, libro primo")。

"intabulate" といってもドイツとは違って普通に二段の五線譜で書かれたものです。 原曲はバルトロメオ・トロンボンチーノ (1470-1534) の作品が主体。

しかしオルガンといいながら表紙に描かれているのは何故かチェンバロです。おそらくこの "ORGANI" というのは鍵盤楽器全般を指しているのでしょう。ちなみにチェンバロを弾いているのはアンティコ本人です。

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フランスではピエール・アテニャン (c. 1494 – 1551 or 1552) が譜線も含めて活字化する印刷法でシャンソンを中心とした多くの楽譜を出版しました。譜線が切れ切れの線になるので見栄えはよくありませんが、これによって譜線と音符を一度に印刷できるようになり、低コスト化に成功します。
アテニャンはこの方法の発明者ではないようですが (1523年頃のロンドンで先行例が存在する)、普及させたのは間違いなく彼の功績でしょう、彼の出版した楽譜は国際的に大量に売れました。

もちろんアテニャンは鍵盤楽曲も出版しています。シャンソンやモテットの編曲、ミサのための宗教曲、そして舞曲などからなる7巻の鍵盤曲集には、どれも「オルガン、 エピネット、マニコルディオン(クラヴィコード)のタブラチュアで」("en la tabulature d'Orgues Espinettes Manicordions") という説明がついています。タブラチュアといってもやはり普通の二段譜で、鍵盤用の編曲程度の意味合いです。
しかしアテニャンは作曲家ではなく、これらの鍵盤曲に作者は記されていないので、これらが誰によるものなのかは不明です。

Quatorze Gaillardes neuf Pavennes, sept Branles et deux Basses Dances le tout reduict de musique en la tabulature du jeu d'Orgues Espinettes Manicordions et telz semblables instrumentz musicaulx (1531)
https://imslp.org/wiki/32_Galliards,_Pavans,_Branles_and_Basse_Dances_(Attaingnant,_Pierre)

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16世紀前半のスペインを代表する鍵盤音楽家は、例によって盲目のオルガニストであるアントニオ・デ・カベソン (1510-1566) です。その主要な作品は死後1578年に出版された『鍵盤、ハープ、ビウエラのための作品集』("Obras de música para tecla, arpa y vihuela") に収録されており、その鍵盤楽曲は以下のような「スペイン式オルガン・タブラチュア」で記譜されています。https://imslp.org/wiki/Obras_de_musica_para_tecla%2C_arpa_y_vihuela_(Cabez%C3%B3n%2C_Antonio_de)

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『騎士の歌によるディファレンシア』(Diferencias sobre el Canto Llano del Caballero)

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一見ギターのタブ譜か何かに見えるこれは、1オクターヴの全音階に1から7の番号をふるというもので、上の例で 1-2-3-3 とあるところは ファ-ソ-ラ-ラ と弾きます。

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スペイン式オルガン・タブラチュアには他にも鍵盤のすべてのキーに個別に番号を振るものなどがあります。

Juan Bermudo "Declaración de instrumentos musicales" (1555)
最低域の鍵盤はショート・オクターヴの変則配列。

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イタリアのアントニオ・ヴァレンテの "Intavolatura de cimbalo" (1576) はこの方式で記譜されています。

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次ももう少し16世紀の鍵盤音楽を見ていきたいと思います。

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