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今日のあなたの、一番の茶杓の銘は「ほがらほがら」ね

 お点前の問答で茶杓の名前を客に問われた。
客「お茶杓の作は?」
私「坐忘斎、お家元にございます」
客「御銘は?」
私「こほれる涙」
先生「うーん。よくない」
私「雪の内に〜」
先生「どうでしょう」
私「寒梅」
先生「……」
私「寒桜」
先生「……」
私「熱海では咲いてますけど……。寒ブリ」
先生「なんでも、寒いがつけばいってものじゃないでしょ」
 苦し紛れに、
私「火鉢、炬燵……。じゃあ、ほがらほがら、では?」
先生「ほがらほがら……面白い、良いわね」
私「晴れ晴れ、と言う意味です。冬のすっきりと晴れた空、のイメージです」
先生「カゲロウさんの今日の銘では、ほがらほがら、が一番ね」
 二人の問答の行く末を緊張の面持ちで眺めていた、20代後半の妹弟子たち。彼女たちも、ひとまず安堵の胸を撫で下ろした。

 本当は「こほれる涙」は、清和天皇の中宮の二条后の歌である。
 雪の内に 春は来にけり うぐいすの
       こほれる涙 今やとけなん   

 一見華やいだ雰囲氣なのだが、実は悲しい歌なのである。しかし、歌の響きは美しい。
 もう一つの「ほがらほがら」は、古今集の読み人知らずの歌。
 しののめの ほがらほがらと あけゆけば
        おのがきぬぎぬ なるぞ悲しき
 この歌は、若い女性の前で解説するのは憚れる歌ではある。やはり危険は犯せない。
 古典文学の話をするのも難しい時代になってしまった。
 さて、次回のお稽古の茶杓の銘は何としようか。いまから頭を悩ませながらも、困惑する先生の顔が浮かんでくる。


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