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“座りすぎ=悪”って本当?オフィスチェアのデザイナー・加納隆芳さんに聞いてみた

座りすぎは体に悪いんですよねって、僕に聞きます?(笑)」

だって、気になるじゃないですか。座りっぱなしで仕事をしていると、死亡リスクが上がるとさえ言われているんですから。オフィスチェアをつくる人なら、“ホントのところ”を知ってますよね?

‥‥そんな疑問を遠慮なくぶつけさせてもらったのは、座面が360°動く革新的なオフィスチェア『ingのデザインを手がけた、コクヨ株式会社のデザイナー・加納隆芳さん。

加納さんは苦笑いしながらも、オフィスチェアのあれこれ、さらにはこれからのオフィスのあり方などについて話してくれました。

前編では、日本の文化をも変えたオフィスチェアの歴史や、“座りすぎ=悪”という噂の真相を聞いていきます。

「腰かける」から「イスに座る」へ

── そもそも、オフィスチェアが日本で使われるようになったのはいつ頃なんですか?

加納 1950年代に、在日米軍によってもたらされました。彼らは母国と同じ環境を整えたいと考え、オフィスチェアの製造を日本のメーカーに委託したんです。要望を受けて、スチール製チェアの製造が始まり、各メーカーが独自の改良を重ねていった歴史があります。

── 案外最近の話なんですね。オフィスチェアが誕生するまでは、日本の人々はどうやって仕事をしていたんですか?今では当たり前のように使っているから、想像がつかないのですが‥‥。

加納 明治の文明開化まで日本は畳文化ですので、イスに座るという習慣は広く普及はしていなかったんです。

── そうか!でも、それってかなり不便そう‥。

加納 「腰をかける」ことはありましたよ。ただ、それは現代のようなイスのカタチではなく、それこそ縁台だったり、正座をサポートする道具などを使って、でした。戦前まで、多くの仕事場では木製チェアが中心だったと言われています。

── そんななかでオフィスチェアが生まれるって、きっと革新的なことだったんでしょうね。

オフィスチェアの誕生と、その後のさらなる進化

── オフィスチェアの形って、昔と今とで違いはあるんですか?

加納 今では「5本脚」が一般的ですが、昔は4本の脚にキャスターがついていて、高さ調整も今のようなガススプリング式ではなくネジ式でした。背もたれもリクライニングしないものから始まり、背のみが動くもの、背座が連動してリクライニングするものなど、どんどん進化してきたわけです。ひとつの節目になったのが、1994年にアメリカで発売されたハーマンミラー社の『アーロンチェア』でした。

── そのころ、日本ではどうだったんですか?国内初のオフィスチェアが誕生してから、40年ほどが経っていますが。

加納 樹脂やクッション成型の技術進化であったり、リクライニングの質が進化していた頃ですね。1950年代とは環境が変わり、時代の変化とともにコンピューターが普及し、筆記作業からデスクトップPCを使うようになります。座り方も徐々に後傾姿勢に重点が置かれ始め、チェアの背と座を連動してリクライニングするように改良していくことで人の動きによりナチュラルにフィットするよう進化を遂げていきました。

── 数十年をかけて着々と進化してきたんですね‥‥(遠い目)。

加納 当社では、体の動きに追従することを追い求めてきました。例えば2007年開発の『Wizard』という商品は、リクライニングということをさらに掘り下げて考えられており、より小さな動きにもフィットできるような柔軟な背もたれ機構になっています(デュアルモーションメカニズム)。これによって、さらに「姿勢の多様性」をつくれるようになったと思います。

── 確かに、座っている間も前のめりになったり伸びをしたり、姿勢ってコロコロ変わりますもんね。他社でも同じような視点で改良を進めてきたんですか?

加納 業界全体として同じ流れがあったと思います。どのメーカーさんも、動きに追従することと、体格に合わせることを追求してきたんです。例えば腰を支える「ランバーサポート」の可動性を追及したり、肘の動きを工夫するといったことですね。

── なるほど。各社で研究を重ねてきたんですねぇ。

真の悪者は「座りすぎ」ではなく「姿勢を変えないこと」

── あの、ちょっと聞きにくいんですけど‥‥これだけオフィスチェアが進化してきたのに、やっぱり座りすぎはよくないんですよね?

加納 その質問、僕にします?(笑)。確かに、いろんなメディアで言われていますよね。座りすぎると体に悪い、立って仕事したほうがいいって。でも正確には、同じ姿勢をとりすぎることがよくないんです。「静的疲労」という言葉はご存じですか?

── 静的疲労?初耳です。

加納 人間の姿勢は、立つ・座る・寝るの3つに大きく分類できます。寝ながら仕事するのはちょっと現実的じゃないので、「立つ」と「座る」を比較しましょうか。この2つの最も大きな違いは、安定性です。高さのあるものを重力に逆らって自立させるとき、重心が高く接地面積が少ないほど安定しにくい。つまり、立っているほうが安定性は低いんです。

── ふむふむ。

加納 姿勢を安定させて、じっと同じ姿勢をとっているだけでも筋肉を使う。その積み重ねからくる疲労を「静的疲労」と言っています。

── 立っているほうが、座っているより「静的疲労」が大きい、と。

加納 そのとおり。実際に立ったまま仕事をしたことがある方はわかると思いますが、一時間くらいで下半身がどっと疲れてしまうんですよ。やはりデスクワークは、基本的に座った姿勢のほうが合っているといえます。ただし、座りすぎが体によくないのは確か。長時間同じ姿勢で過ごしていると、筋肉が固まったり血流が滞ったりして体に疲労がたまってしまいます。

── “座ること=悪”という認識は、やや過剰ということですね。

加納 そうですね。でも、近年では多くの仕事がパソコンだけで済んでしまう状況で、着座時間は長くなっていることもあって、座りすぎがよくないと過剰に言われているのかもしれません。

── 座ったほうがデスクワークには集中できるけど、座りすぎはよくない‥‥。うーん、一体どうしたらいいんでしょう?

加納 この問題を解決するには、“適切な姿勢をとれるオフィスチェア”を使うことが必要なんですよね。これは単に高いものを買えばOKということではなくて、ちゃんと自分の体格に合っているかどうかを確認したり、目的や使い方によって適切な商品を選ぶことが大切です。

── おぉ、それは詳しく教えてほしいです!

***

続く後編では、オフィスチェアの選び方や未来の姿、さらにはオフィス全体のあり方にまで視野を広げてお話を聞きました。

text by 中島香菜 / photo by 森田剛史