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好きでもない人に振られた日

20年ほど前の話で、かつ特に面白くもないのだが、昔のことを思い出して書く練習のために書いてみる。

当時私は某百貨店の出納課に勤務していた。花形と思われがちな業界だが、経理部、特に出納課は地味な印象で、かつ毎日大量の紙幣、硬貨を扱うため力仕事でもあった。

当時の部長は「ここは地方の信用金庫よりも大きなお金を扱っている」が口癖だった。そうやって地味なこの部署で働くスタッフに、プライドを持たせようとしていたんだと思う。

私は当時最若手。彼氏もいない私を気にかけたのか、ある日係長(女性・おそらく40代くらい)に声をかけられた。

「紹介したい人がいるんだけど」

正直面倒だなと思った。上司の紹介なら断りにくい。
二の足を踏む私に「ランチならいいよね。私も一緒に行くから」と結構しつこい。

結局「ランチなら」とのことでOKをし、翌週、相手方の男性と係長、私の3人で、勤めていた百貨店の10階レストラン街で食事をすることになった。

当日、ランチをする10階レストラン街のお店の前に行ってみてびっくり。
お相手は隣の部署(経理課)の男性だったのだ。

ちゃんと話したことはないが、よく知っている人だった。
彼(仮にAさんとする)は正直言って全くタイプではない。仕事のミスも多く、隣の部署の私にまで噂は聞こえてくるほど。しかし、人柄がいいからか、いじられキャラ、愛されキャラのような立ち位置だった。

私もハタチそこそこ。そういうキャラよりも少しとんがった人に惹かれる年ごろだ。その年ごろに、いい人キャラはまずモテない。私だって人のことは言えずモテないが、選ぶ権利は欲しい。

これは困った。期待していたわけではないが、余計断りにくい。

食事を終えると係長は「あとはお二人で」的な言葉を残し、去っていった。私もAさんもわりと読書家という共通点があったため、間が持たないというようなこともなく、お陰で小さな宴は滞りなく終了した。

帰りのエレベーターで2人になるとAさんは言った。

「また友達としてよろしくね」

ん??
今までも友達ではなかったが、これはなんだろう。

多少ひっかかりはしたものの、とにかくふんわりとでも無事終わって良かったという気持ちが大きかった。肩の荷が下りた気分だ。

その日の夜、Aさんから家のPCにメールが入っていた。嫌な予感。
しかも開封済みになっている…。
今では考えられないが、家族でメールアドレスを共有していることも珍しくはない時代。家族の誰かに読まれていた!

恐る恐る開封済みのメールを開け、読んでみるとのけぞりそうになった。

文面は確かこんな感じ。
「海辺さんが僕のことをそんな風に思ってくれているとは知りませんでした。うれしかったです。ただ、申し訳ないのですが、僕は海辺さんのことを妹のようにしか思えません。ごめんなさい」

的な。

なんで私がAさんを好きなことになっているのだ!?そもそも妹のように思われるほどのコミュニケーションもとってなかったはずだが。

察するに彼も恐らく係長にしつこく言われたのだろう。「あの子は僕のことが好きで係長が取り持とうと一肌脱いだんだろう」と考えたというわけだ。確かに自分に自信がある人ならそういう思考回路になるのかもしれない。

そういえば私は自分のホームページを開設したばかりで、いろんな人にURLとメールアドレスを書いた名刺サイズのカードを配っていたのだ。思えば数日前、Aさんにも配った。それもAさんしかいないところで…。

なんだかめちゃくちゃ悔しく、恥ずかしかった。
そこで私も「係長に言われて仕方なく…」のくだりを正直に書き、メールを返信した。

翌日早速返事が。
「そうなんですね。でも海辺さんはいい人だから、そんな風に言って気遣ってくれてるんだろうと思うのは傲慢でしょうか」的な…

それ以降は返信はしなかった。多分好きだと思われていたんだろうが、もういい。それ以来Aさんのことを意識してしまう、なんていうことも全くなかった。

ただ、最初のメールには開封された跡があったのだ。
親か弟か、誰かが見ている。そこだけが唯一の気がかりだったが、20年たった今でも謎のままだ。

Aさんは仕事はできないがいい人キャラで、自信は過剰気味。なぁなぁにしようとした私とは対照的にしっかりと断りのメールを送った。
今は案外幸せになっているかもしれない。



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