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【インタビュー】 大原美帆子さん 〜親も子どもも後悔しないために~

こんにちは、介護webマガジン「ケアマガ」 編集部のカワムラユミコです。

ケアマガインタビューでは、以前ケアマガに寄稿してくださった介護経験者や当事者の方の「その後の様子」や「記事の裏側」を取材し声をお届けしています。

本日は、2019年1月に『親も子どもも後悔しないために~積極的な情報収集のススメ』を寄稿してくださった執筆者の大原美帆子さんをご紹介させていただきます。


本記事は、大原さんの記事を合わせてご覧になることをお勧めします。

◇ 大原美帆子(おおはら・みほこ)さん
福岡県在住 10年ほど前にアルツハイマー認知症の義母の介護を経験

<介護のあゆみ>
義母の異変に気がつくも夫婦で悩みながら様子をみていた。異変に気付いてから1年後、介護福祉士の妹から病院受診を勧められ認知症専門の病院を受診。「アルツハイマー型認知症」と診断された。その後、3度にわたる徘徊が決め手となり、施設への入所を検討。介護認定を申請すると要介護3と判定された。ショートステイやデイサービスを利用しながら施設入所まで2ヶ月ほど自宅で待機。その後、介護老人保健施設(以下、老健)へ1年半程入所し、徐々に動けなくなり要介護5になったタイミングで特別養護老人ホーム(以下、特養)へ入所。2年間ほど特養で過ごしたある日、腎不全となり病院へ入院。その後は食事が食べられない状態が続き、経腸栄養(医学的な管理)が必要となる。病院で1年ほど療養生活ののち81歳で永眠された。


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介護について振り返る

ーーお母様の様子が ”おかしいな” と感じた当初から病院受診をするまでの期間、大原さん含めご家族の方はどのように対応されていたのですか?また、医師から診断された時、大原さんはどのような思いでしたか?


大原さん:
次男が生まれたタイミングで少しずつ義母の様子が変わっていったので、義母は家族の中に突然赤ちゃんが増えた違和感から、以前とは違う行動を取るようになったのだと考えました。そのため、短時間に何度も同じことを尋ねられても、その都度応えていました。

しかし、実子である夫や孫である長男は「それさっきも言ったよ」と 強い言い方をして返すことがあったので、「そんなに強く言わなくてもいいじゃない」と私から諭すこともありました。

認知症専門の病院を紹介していただいてアルツハイマー型認知症だと診断された時には、介護福祉士の妹から何度かその可能性があることを伝えられていたので、診断されたことで定期受診や薬の服用によってこれからは義母も自宅で生活しやすくなるのではないかと思い、少しほっとしました。


ーー周囲の人(ご家族など)とお母様との関係性が変化していくのを見て、大原さんはどのように感じられましたか? また、話し合われたりお声がけされたりしたことがあれば教えてください。

大原さん:
小学校にあがった長男が友だちを家に連れてくることが増えましたが、リビングで遊んでいると義母から「もっと小さい声で話しなさい」「おもちゃを出しっぱなしにしたらダメ」と叱られることがあり、長男が義母を嫌がって話さなくなっていきました。何とか息子を諭していましたが、認知症と診断されるまでは子どもたちのことを考えて義母との同居生活をやめ、別居して暮らす方がいいのではないかと悩むこともありました。

義母の様子が変わり始めたのは義母が67歳の時だったのですが、わたし自身、認知症はもっと年齢が高くなってから発症するものだと思い込んでいました。

妹からアドバイスされるまでは病院を受診するという考えは全く無かったので、その日に起きた義母の行動を毎晩夫に伝えて、二人で何をどうすればいいのか分からずに悩んでいました。


ーー当時、大原さんのお話を聞いてくださる方はいらっしゃいましたか? また、それは誰でしたか?

大原さん:
私が悩んでいた時に一番話を聞いてくれたのは、私の母でした。

私はフルタイムで働いていたので、仕事で留守の間は近所に住む母が帰宅するまで子どもたちの世話をしてくれました。義母が全く料理をしなくなったので、義母の食事の準備をしたり話し相手になってくれました。

私の母と同居している妹も、仕事が休みの時はうちに来てくれたので、病院勤務をしている経験から的確な アドバイスをしてくれていました。


ーー施設を検討した時、どこから情報を得ましたか?

大原さん:
最初は、認知症専門の病院の先生から、今後認知症が進んで自宅介護が難しくなったら施設に入れることも選択肢の一つだよ、と教えてもらいました。

症状が進んで自宅での生活が難しくなったと感じた頃に、区役所の保健福祉課に行って、施設やサービスの内容・料金などの説明を聞きました。

施設入所を検討するときは、主人の説得も大変でしたね。徘徊することが何度かあり、近所に迷惑もかかるといけないので仕方のない決断ではあったのですが、夫は母子家庭だったということもあり、しっかりしていた母親の認知症が進むこと自体なかなか受け入れられない様子でした。


ーー義理のお母様が施設に入所し、変わったことがあれば教えてください。

大原さん:
子どもにとっては、友だちを連れてきて自由に遊べる様になったことが良かったのではなかと思います。

義母がトイレを失敗して服やトイレの中を汚すことが頻繁にあって、私がトイレを掃除したり、義母の服 を手洗いで洗濯するのを夫が見て辛そうな顔をして、義母に「なんでちゃんと出来ないんだ」と声をあげ ることがあったので、夫がそういう思いをしなくなったことも良かったと思います。 

悪かった点は、夫が「もっと早く気付いてあげられたら、こんなに認知症が重くならなかったのに」と自分 を責めるようになったことです。

本人は、施設ではゴロゴロして過ごす時間は増えたようです。徐々に弱っていきました。


ーーご自身の心のケアや、家族のケア(旦那様が施設へ足が運べなくなったことなど)として、何かされていたことはありますか?

大原さん:
私自身は、義母が自宅で不安を抱えながら過ごすより、専門の知識をお持ちの方がいらっしゃる施設で過ごす方が安心だと考えていたので、義母が施設に入った時も不安は全くありませんでした。

夫は「義母の認知症は自分のせいだ」と考えていたので、家族ぐるみで親交のある夫の親友ご家族に相談し、 親友のおばあ様が認知症になった時の体験談や施設に会いに行くことの大切さを話してもらいました。


ーー当時の原動力はなんでしたか?

大原さん:
夫や子どもたちが義母のことで悩まず、平穏に生活できる環境を整えたいという気持ちが大きかったです。


ーー介護Webマガジンに “書く” という経験は、大原さんに何か意味のあることとなりましたか?

大原さん:
日々の生活の中ではなかなか振り返ることの少ない当時の状況を、改めて思い返すができました。

また、ケアマガで他の方々の寄稿記事(体験談)を読むことで、自分に足りなかった部分などを知ることもできました。 いつか子どもたちが成長して、同じ様な状況が起きた時に、わたしの記事を見てくれたら嬉しいです。


ーー当時のご自身へ今声がかけられるとしたら、何と声をかけますか?

大原さん:
わたしは、最初は「介護」だと思っていませんでした。生活する中で、少し手がかかる程度だと。しかし、それは違っていました。

「早く病院を受診して、専門家の意見を聞いて」と伝えたいです。


ーー同じように介護している方へメッセージがあればお願いします。

大原さん:
自宅で介護をしていて認知症の症状が重くなっていくと、家族はもちろん大変ですが、本人も思うようにいかない自分のことを、心のどこかで不安に感じているはずです。 

自分一人や家族だけで悩まずに、積極的に情報を収集して専門的な知識を持つ方と関わってもらいたいです。そうすることで、ご本人はもちろんご家族も不安が軽くなると思います。もしも、今どうすればいいのかと悩んでいるご家族がいらっしゃるなら、早い段階での病院受診と専門機関への相談をおすすめします。早めの情報収集は本当に大事です。


〜最後に〜
わたしは、義母を通して自分自身の生き方を考えるきっかけをもらいました。
例え認知症になったとしても、優しく、愛される人でありたいなと思います。

子どもたちに伝えたいこととしては、やはり、情報収集についてです。今後はテクノロジーも進歩し、情報はさらに集めやすくなると思います。とにかく、少しでもおかしいと悩むことがあったら、早めに行動に移してくださいね。


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以上、本日は2019年1月に『親も子どもも後悔しないために~積極的な情報収集のススメ』を寄稿してくださった執筆者の大原美帆子さんをご紹介させていただきました。


大原さん、貴重なお話を聞かせてくださり、本当にありがとうございました。


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