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ワシントン宣言どう評価するか?


梅田 皓士(拓殖大学 海外事情研究所助教) 

「ワシントン宣言」と拡大抑止

  2023年4月26日に米国ワシントンにおいてバイデン米国大統領、尹錫悦韓国大統領の間で米韓首脳会談が開催された。2023年は米韓同盟70年にも当たる年であり、それを記念する首脳会談でもある。
 この首脳会談において「ワシントン宣言」が採択されたが、この宣言の中で最も注目されたのが、米国の韓国に対する拡大抑止への言及である。「ワシントン宣言」における核抑止について、韓国は「米国の拡大抑止を完全に信頼し、米国の核抑止に対する韓国の持続的な依存の重要性、必要性、利点を認識する」としつつ、「韓米同盟の連合防衛態勢に韓国のすべての力を寄与することを確認し、韓国の新しい戦略司令部と韓米連合司令部の間の力量及び企画活動を緊密に連結するため、堅固に協力及び米戦略司令部と共に遂行する新しい訓練が含まれる」とした。また、米国は「米国の核態勢報告書の宣言、政策に従い、朝鮮半島に対してあらゆる核兵器を使用する場合、韓国と協議するためにあらゆる努力をすると約束する。韓米同盟はこのような協議を促すための堅実な通信インフラを維持する」としつつ、「韓国と韓国国民に対する米国の拡大抑止が恒久的、堅固であり、北朝鮮の韓国に対するあらゆる核攻撃は、迅速、圧倒的、決定的な対応を招くことを改めて確認した」とした。
 このように、「ワシントン宣言」では、米国の韓国に対する拡大抑止を確認したが、これまでも、拡大抑止については言及されることはあったものの、首脳レベルにおける拡大抑止への言及は、今回が初めてとされる。
ここで、注目されたのが、米国の核抑止について韓国と共有し、韓国も関与できるようにする常設の核協議グループ(NCG)(Nuclear Consultative Group)の設置である。これは、北大西洋条約機構(NATO)の核計画グループ(NPG)(Nuclear Planning Group)と類似する組織とされる。大きな違いは、NPGは、NATO加盟国内に米国の戦略資産を配備できるのに対して、NCGは韓国に米国の戦略資産を配備しない点である。また、目的についても、NCGは、重大事態発生時の米国の戦略資産の使用計画、拡大抑止計画の共有及び協議としており、あくまでも韓国とは協議、計画の共有に止めている。他方で、NPGは、運用計画の共有、協議以外にも、米国の戦略資産の共有、NATO加盟国の核兵器施設の提供、運搬任務の一部の担当が含まれる。この点からは、今回、米韓が新設するNCGよりもNATOのNPGの方がより米国との近さが感じられる。しかしながら、韓国政府は、次官補級の協議を年4回実施することなどを踏まえながら、より濃密な協議ができるとするなど、NCG設置の効果に対する期待感を示している。さらに、米国の原子力潜水艦を韓国に寄港させることにも言及しており、韓国への拡大抑止の提供を目に見える形で示している。
 このNCGの設置や見える形での拡大抑止の提供と引き替えに米国は、事実上、韓国が独自の核開発を封じた。そして、韓国側もNPT遵守などにも言及したことから、今回の措置は北朝鮮の核開発に対する韓国国内における独自の核開発の必要性を唱える議論を一定程度、抑止する効果もあるとされる。北朝鮮の核実験、ミサイル発射実験などが行われるたびに、韓国の国内世論の他、専門家の間においても韓国の独自の核開発の必要性を指摘する声もある。その中で、韓国への拡大抑止の確約、あるいは、米国の核計画の韓国への共有、協議などを条件に韓国政府が独自の核開発に動くことを封じたことを意味しているのである。同時に、これは米国にとっても、NPT体制の維持に寄与するものしている。

北朝鮮を名目とした対中国

 今回の韓国への拡大抑止の言及、あるいは、NCGの設置は表向きには、北朝鮮の核から韓国を防衛することを念頭においたものである。実際に、バイデン大統領も北朝鮮を名指しにしている。既述の通り、韓国国内の独自の核開発を主張する層も北朝鮮を念頭において議論していることが多い。しかしながら、現実的に北朝鮮が韓国に対して核を用いた軍事的な攻撃を行う可能性がどの程度あるのかとの疑問もある。この可能性を完全に否定することは当然できないものの、「ワシントン宣言」以前においても米国の韓国への拡大抑止に対する言及があり、また、在韓米軍が存在する中で、北朝鮮が韓国に対して軍事的な手段を用いることは考えづらい。
 その中で、米韓の狙いは北朝鮮ではなく、中国であるとの指摘もある。実際に中国も「ワシントン宣言」の発表後に、「朝鮮半島の緊張を激化させ、地域の平和と安定を破壊する」、「米国は自らの地政学上の私益を実現するために朝鮮半島問題にかこつけて緊張状態を作り出している」などと反発した。米韓による対北朝鮮を名目とした中国に対する牽制への懸念は、今回だけではなくこれまでもあった。例えば、2017年に高高度防衛ミサイル(THAAD)を在韓米軍に配備した際にも中国は配備に反対した。そして、配備後には、韓国への団体旅行を禁止するなど経済的な報復とも取ることができる動きに出た。それ以外にも、ロッテマートの中国国内の店舗に対して、消防法などの名目で立ち入り検査を行い、それまで事実上、黙認していた違反などの理由として営業停止命令を出した。これは、THAADを配備する用意がロッテの所有するゴルフ場であったため、ロッテが狙い撃ちにされたとの見方が強くある。結果として、ロッテは2017年から中国国内の小売事業を縮小し、2021年には中国の小売事業からの撤退を決めるまで追い込まれた。中国当局のロッテに対する態度は韓国政府や韓国社会に対する一種の見せしめの要素があったことは否めいない。
 しかしながら、中国にとってもメリットもあった。それは既述の通り、「ワシントン宣言」によって、韓国は、独自の核計画などは行わず、現状のNPT体制を維持する方針を示したことである。中国側からすると、北朝鮮の核開発に触発された韓国が独自の核計画を行い、それが日本、台湾などに拡大する東アジアにおける核のドミノが起こることを懸念している。その意味においても、今回、「ワシントン宣言」によって米国が韓国の独自の核計画を政権したことは中国にってもメリットである。

日米韓の連携の可能性
 今回の「ワシントン宣言」は、尹錫悦政権が進めてきた米国との関係強化の結果である。そして尹錫悦政権は米国以外にも日本との関係強化よって北東アジアにおける紛争を抑止しようとする方針を政権発足当初から示している。その一環として、文在寅前政権で悪化した日韓関係についても旧朝鮮半島出身労働者問題(徴用工問題)について代位弁済方式で解決させた。そして、これ以外にも日韓首脳会談の開催、シャトル外交の復活、自衛隊観艦式への韓国海軍の艦艇派遣など、歴代の韓国大統領よりも一歩踏み込んだ日韓関係を構築しようとする姿が見られる。この関係改善の流れから外交・安全保障分野における協力関係の構築、拡大などへと協力の幅を広げようと、今後、韓国は動くものと想定される。
 しかしながら、ここで注視すべきは、政策の継続制である。議院内閣制であり、且つ、自由民主党が長期にわたって政権政党である日本とは異なり、米国、そして、韓国は大統領制であると同時に二大政党制であり、政権交代が生じやすい。このような指摘をした際、まず思い浮かぶことは、韓国の政策の転換である。韓国政治は保守、革新間で激しく対立するため相手の逆に動くことが多い。そのため、尹錫悦政権で日米韓の協力関係を構築した場合、仮に次ぎが革新政権となったら、この逆に動くことが容易に想定される
 一般的には、このような韓国の心変わりを懸念する人が多いものの、思い起こせば米国もトランプ前大統領は大統領就任後、「アメリカ・ファースト」を掲げて、それまで進めていたTPPから離脱する方針へと転換した。TPPからの離脱は貿易自由化の拡大によって、米国国内の雇用が減少することへの懸念からの動きであるが、それまでの他国との協議などを無視して自国の国内事情から政策を転換するという点においては、韓国の対日政策の転換と米国のTPPからの離脱は大きな差はないのではないだろうか。この点に関しては、日本国内で韓国の心変わりは「ゴールポストが動いた」などを度々批判されるものの、米国の心変わりには目立った批判が起きないことには一定の疑問もある。
 他方で、北東アジアにおける安定を担保するためには、日米韓による抑止は必須であることは間違いがない。その意味において、尹錫悦政権の任期内の各種協力関係を具体的に構築していくことが必要であることには間違いはない。可能な限り、システム化を進め、大統領が変わり、一定の政策変更があったとしても、実務レベルにおけるシステムとして細々と協力を続け、再度、保守政権に戻り、改めて大々的な協力関係を見せられる、そのような政治に大きく左右されない協力関係が日米韓の間で構築されることが、北東アジアを長期にわたって安定的に維持できる環境なのではないだろうか。その意味において、「ワシントン宣言」は米韓だけではなく、日米韓へ協力関係を広げるための大きな一歩である。