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昔のJR高槻駅 西口のバス停の話


2003年とかその頃、JR高槻駅前が一気にきれいになって、
バス停も西口にあったものが確か一部、北口に集約された。
それまでは西口の人達はJR高槻駅までも横断歩道を渡ったり、距離がある中、一度地下におりて、薄暗い改札を通ってホームにいき、
そこから結構な距離をホーム上で歩き電車にのるという感じだった。
でも、集約された便利になったけど、
私は当時のあの陰鬱とした、暗い、夜になると本当に昭和というか、陰鬱そのもの、蜘蛛の巣だらけでぼろぼろの、あのJR高槻駅西口のバス停は好きだった。

結構ボロボロほったて小屋みたいなトタン屋根のような長細い場所に、たしか青いベンチが、ものすごく長く並んでいて。
夜なんかは本当に暗くて、陰鬱な感じがしていた記憶がある。
奥の方にはバスの運転手さんのトイレとか待機所があった記憶。
その昔は定期券とかもあそこで買えたっけなぁ。
当時すでにボロかった記憶しかない。
そして、高槻市営バスも今は黄緑色だけど、昔はもう少しまるっこくて青だった。
で、あんまり覚えてないけど、本当に私が小さい頃は車掌さんもいた記憶がある。
その青いバスは私が本当に小さいころの一瞬の記憶にしかない。
今みたいにICカードなんてもちろんないから、みんな紙でできた回数券を買って、それを蛇腹にしておりたたんで財布にいれて、1枚ずつちぎりながら使っていた。
切符の色も最初は模様のある肌色だったか黄緑だったか全く覚えてないけど、途中でいきなりオレンジ色になって、大きくなって面食らった記憶がある。

今西口のバス乗り場って1つもなくて、、今片方はマンションだよね。
西口のバス乗り場は将棋会館になるらしい。ほんと?
あのさびれた感じが好きだった。

西口のバス乗り場の片方にいくほんの手前には、「若潮」という居酒屋?があって、結構な立派なつくりだったはずだけど、開店しているところを1回も見たことはない。
私が小さい頃から西口のバス停がなくなるまで、ずっと空き店舗状態であそこにあったと思う。
いまは駐車場になっていた。

そして、西口のバス停にいく前には、風俗店があった。
そういえば、西口のバス停の入り口の角には中華料理?中華料理の前もなんか、ちょっと変わったお店だった記憶がある。風俗店だったかなぁ。。
中華料理ができた頃はうっすら覚えてて、それもなくなって、確か携帯ショップになったりしてたっけなぁ。角にある建物で入口も狭いから中の様子もわからないし、忘れちゃった。
もうないよね、すごい古い建物だもん。
そのむかいに風俗店があって「モンロー」とかそんな名前だったっけなぁ。わすれちゃった。いつも呼び込みのおじさんが立ってて。
2階に上がる階段とネオン。
怪しい感じのほんの一角が、いつまでくらいだろう、あったんだよな。
その裏は普通の昔ながらの住宅街。
幼稚園一緒だった子達はあのエリアに住んでたな。
あそこはきっとまだあるのだろうか。と思って
今Googleのストリートビューで見てたら、風俗店があったあたりや若潮も、全部駐車場になっていて、
裏にある住宅街も私の記憶にある街並みではなくて、殆どが新しい家に変わっていた。
あそこの住宅街の街並みはほっとできる感じですごく好きだった記憶がある。

あのあたり、今はマンションがあるあたり?
今あるかわからないけど焼肉屋さんや歯科が入った隣は市場だった。
市場は多分、今から30年前くらいにはなかったかなあ。
1,2回おばあちゃんとか母親といった記憶があるけど、古くて暗かった。
閉ってからもしばらく放置されてた記憶。
ビニールハウスみたいなあんな感じの、かまぼことか長方形とかそんな形の1階建ての建物だった。
あの市場に関してはいくらネットで探しても出てこない。
何て名前で、いつまで存在したんだろうか?
高槻駅前市場?芥川市場??

そして、北口から西口に行くときは、今みたいに芥川商店街を通ってスムーズにいける感じでもなかったから、
線路沿いの道を歩いて行っていた。
さびた有刺鉄線がある小さな道でよく変質者もでると言われてて。
オレンジだったか?の建物に赤くでかでかと「全食」と書いてある会社があって、たしか入口がすごくレトロでオシロイバナがたくさん咲いていた記憶、今でもその「全食」がなんの会社だったのかはわからない。

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あ!あとあれだ、西口のバス乗り場の線路側のほうに、結構長いこと
相当な廃屋があって、窓からきれいな柄の木綿布団とかがみえた記憶。
あの中に入ってみたくて。
後今思い出したけど、ゴルフ場があったよね、バス停の向こうは。
ネットが高くはってあってさ、緑の。
2階席からゴルフやってる人が良く見えた。
あれは結構昔になくなってた記憶がある。
うわー、今思い出した!

もっと変わりゆく街並みを写真にとっておけばよかった。
若かった時は、きれいに発展していくのはうれしくて、別になくなっていく古いものになんの愛着もなかった。なんとも思っていなかったけど、
やっぱり自分が40歳になろうとして、親も歳をとっていつまであと何年元気でいられるんだろう、って思ったとき、
親との思い出の風景がどんどんなくなっていって。
それについてすごく寂しいし、危機感みたいなものを覚えている。

はやく実家に帰りたいしなんなら1か月くらいのんびり休職でもして実家にかえりたい。。。。

で、なくなりそうな風景を、まだ残っている風景を写真におさめたいと思っているけどいつになるのでしょうか。

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