【創作短編】素敵な友人

私は学生時代から人に好かれたことなんて一度もなかった。

買い物帰りに、仲が良さそうな学生たち数人のグループが目の前を通り過ぎる。それを見た瞬間、自分が学生だったころのことを思い出した。

私の学生時代はとてもじゃないけど楽しいと言えるものではなかった。

高校一年のころ、同じ学校に通っている別のクラスの女の子がいた。その子とは、朝の電車に乗る時間と駅が同じで、毎回同じ車両に乗り込んでいたこともあり、いつからかその子と一緒に登校するようになっていた。
その子の名前はユキちゃんという。中学のころから友人が少なかった私は、一緒に登校できる友人ができたことが嬉しくて、毎日ユキちゃんと登校するためだけに学校に行くようになっていた。

学校に着くまでの間、ユキちゃんと楽しく話している時間はとても楽しい。でも、学校に着いて別々の教室に向かうところまで来ると、あとはしんどいだけだった。

私はクラスで容姿のことを馬鹿にされたり、男子たちに笑いのネタにされたりしていた。
いじめというほどのものではないが、私は毎日なんのために学校に通っているんだろうと思っていた。毎日毎日、なんでこんな目に遭わなければならないのか。
でも、ユキちゃんと登校するのは楽しいし、心配もかけたくない。そんな思いで毎日学校に通っていた。

そんな日々を過ごして、一年間が過ぎようとしていた。
ユキちゃんとは、私の家で一緒に勉強したり、一緒にカラオケへ行ったり、買い物に行ったりする程度の仲になっていた。
こんなに仲がいい友達ができたのは小学校以来で嬉しかった。

高校二年になってからは、ユキちゃんと同じクラスになり、前のクラスの、私を馬鹿にしてきたやつらとはクラスが離れて、これで楽しい学校生活が送れると思っていた。

5月くらいまでは平和だった。でもそれは長く続かなかった。

私の悪い噂が広まった。今考えるととても小さなことだったが、高校生の私としてはとても傷つく噂だった。教室にいるとき、私がげっぷをしたりおならしている、というものだった。私はたまに喉がぐるぐると鳴ったり、お腹の中でおならの音がしていたことはあったから、それがげっぷやおならに聞こえたのだろう。

私はその噂を広めた人に言い返してやりたかった。私は教室で一度もげっぷやおならなんてしたことなかったし、ただ喉とお腹の奥で音が鳴っているだけだと。でも、当時の私は気が弱かったし、それを言っても言い訳だと思われるだけじゃないか、結局何も変わらないんじゃないかと思って何も言い返すことができなかった。

同じクラスになったユキちゃんもその噂を知って、私のことを無視するようになった。一緒に登校はしていたが、学校に着くまでちょっと話す程度で、一年のころみたいに楽しく話しながら登校することはなくなった。
一度、移動教室のときに声をかけられたことがあったが、そのときは一言も喋ることなく次の教室まで着いたので、疑問に思ったが、あとで他の人に「後ろ姿が友達に似てたから間違えて声かけちゃった」と言っていたのを聞いて、ユキちゃんのことも信用できなくなった。

それから私はその高校を辞めて、他の高校に編入したのだった。今度は、人とあまり関わることがない通信制の高校に。

そこまで思い出して、私の学生時代は散々だったな、と改めて思った。
友達と恋バナをしたり、好きな人が友達とかぶって喧嘩したり譲り合ったりするようなこともなかったし、運動系の部活でみんなで力を合わせて大会に出ようなんて熱い展開もなかったし、青春という言葉とは無縁の学生時代だったな、と思う。

そんなことを考えながら、私が自宅へ向かっていたときのことだった。

「シーオーリ!」

私の後ろから元気に私の名前を呼ぶ声が聞こえた。
振り向くと、社会人になってから知り合った友人のマイちゃんがいた。

「マイちゃん…どうしてこんなところに?」

マイちゃんは私の家がある町の隣町に住んでいた。こんなところにいるなんて珍しい。

「ちょっとこの辺に用事があってね。せっかくだからシオリの家に寄っていこうと思って」

マイちゃんはいわゆる光属性の子だった。いつも明るくて、元気で、自分の芯をしっかり持ってて、優しくて。相談をしたら親身になってくれて、優しくアドバイスしてくれて。そんな子がどうして私と仲良くしてくれるのかが疑問だが、私はマイちゃんが大好きだ。マイちゃんはどう思っているのか分からないけど。

「それより、シオリ何かあった?顔色悪いけど」

私、そんなに顔に出ていたのか。高校時代のことは今でもトラウマだが、思い出しただけで顔色が悪くなるなんて。それか、マイちゃんが人の顔色に敏感で、小さな変化も見逃さなかったのかもしれない。うん。きっとそうだ。マイちゃんがすごいんだ。
私は高校時代にあったことをマイちゃんにまだ話していない。というか、話したところで何になるんだ。もう成人してる大人が高校時代のことを思い出して苦しくなった、なんて言ったら、子供っぽすぎて誰だって引くし、マイちゃんだって引くに決まってる。

「…なんでもないよ」

精一杯の笑顔で取り繕う。

「なんでもないならいいんだけど。言っとくけど、私はいつでもシオリの味方だからね」

マイちゃんに言われた一言が、学生時代に誰かに言われたかった言葉で、ぼろぼろと涙が出てきた。だめだ。なんでもないって言ったのに。
マイちゃんが突然泣き出した私を見て、少し困惑しながらも背中をさすって「大丈夫?」と声をかけてくれる。私はそれに頷きながら、マイちゃんにだったらあの話をしてもいいかもしれない、マイちゃんだったら引かないかもしれない、と思った。

「とりあえず、シオリの家まで行こっか」

私は涙を服の袖で拭いながら、こくりと頷いた。

家に着くと、私とマイちゃんは床に適当に荷物を置いて、小さなテーブルの横に向かい合わせに置いたクッションの上にそれぞれ座った。

「それで、どうしたの?」

マイちゃんが優しく尋ねる。私は高校時代のことをぽつりぽつりと話し始めた。頭の中がごちゃごちゃでうまく時系列順で話せたか分からないけど、とりあえず思い出したことをすべて話した。そのあいだ、マイちゃんは小さくうんうんと頷きながら、何も言わずに聞いてくれた。

「そっか。それを思い出してつらかったんだね」

「うん…でも、20過ぎてまでこんなこと思い出して悲しくなるなんて、私って子供だね」

「そんなことないよ。昔のトラウマってなかなか消えるものじゃないし、悲しいって感情だって、自分にも人にもどうにかできるものじゃないでしょ?」

「でも…」

この話を誰かにして、これまでにあったことを思い出す。
高校の先生には、クラスの全員がそんな噂を信じるはずがないと言った。だから学校に来なさいと。
相談室の先生は、この話は秘密にしてほしかったのにほかの先生にぺらぺらと喋っていた。私の話は筒抜けだった。
親には、そんなことあるわけがない、すべて被害妄想だと言われた。
友達には、そんな高校時代のこと、いつまで引きずってるの、と言われた。もう大人でしょ、って言われた。

また涙が溢れてくる。やっぱりマイちゃんにこんな話しなければよかった。しんどいだけだ。

「でも…私、もう、大人なのに…高校時代のクラスメイトのこと、まだ許せてないなんて、子供だよね。頭の中が高校時代で止まったままで、あのときの気持ちが、まだ忘れられないんだ」

「シオリがどれだけ苦しんだかは、私には分からないし、誰かにその話をして何を言われたのかも、私にはわからない。けどね、シオリがその記憶に苦しまされてるのは分かるよ」

マイちゃんはゆっくり続ける。

「だから、そんなにつらいことなのに勇気をだして私に話してくれて、ありがとう。私はシオリがそのクラスメイトのことを許せないならそれでいいと思うし、子供だとも思わないよ。ていうかさ、もっと子供みたいな大人なんてたくさんいるわけだし。それと比べたらシオリは大人だよ。復讐したいとか言わないし」

「復讐、したいって思ったことはあるけど…怖くてできないの」

「じゃあさ、復讐は、シオリが幸せに暮らすことにしようよ」

復讐したい、なんて言ったのに、マイちゃんは明るくそう言った。私が幸せに暮らすことが復讐?どういうこと??

「悪い噂っていじめと同じで、その子を苦しませようとして言ってるわけでしょ?シオリはこれから先もそのことで苦しむかもしれない。でも、それを思い出さないくらい幸せに暮らして、クラスメイトに復讐するの」

「クラスメイトより幸せになるってこと?」

そんなこと、できっこないよ。

「違うよ」

私は思わず「え?」と呟いていた。ますますどういうことかわからない。

「誰かと比べて幸せ、じゃなくて、自分が幸せだと思ったら幸せなの。シオリ、最近はどう?」

考えてみる。最近はつらかった仕事をやめて、ようやく心に余裕ができたところだった。心は安定している。趣味も存分にできている。でも今日みたいにつらいことを思い出して、へこんでいることもある。

「そこそこ、かな」

「そっか。じゃあもっと楽しいことをたくさんして、幸せになろうね!」

マイちゃんの満面の笑顔。眩しい…
そういえばマイちゃんの話を聞いているうちに元気が出てきた。涙もいつの間にか止まっていた。
マイちゃんと一緒にいれば、幸せになれる気がする。この人は私を幸せに導いてくれる人だ。一生ついていこう。

「ありがとう。なんか、元気でたよ」

「よかった!いつものシオリだ!」

そのあと、私たちはいろんな話をたくさんした。最近の好きなものの話、お手頃で質のいい化粧品の話、共通の友人の話、マイちゃんの仕事の愚痴、マイちゃんの彼氏の話。
楽しくて、時間が過ぎるのを忘れて夜まで話したあと、終電がなくなるから、とマイちゃんは家に帰っていった。

社会人になってからできた友達はこんなに話が合って楽しいのか、と改めて思った。マイちゃんは私を幸せにする達人だ。いや、私の周りにいてくれる友人たちは、みんな素晴らしい人だ。私は最高の友達を持ったな、と思う。
学生時代は確かに忘れ去りたいくらいつらかった。友人もいなかった。でも、その経験がなかったら、友人に恵まれていることをこんなに感謝する気持ちもなかったかもしれない。そう思うと、なくていい記憶なんて、出来事なんて、ひとつもないのかもしれない。

私は学生時代から人に好かれたことなんて一度もなかった。

でも、今は大切な人、大好きな人、信じたい人がたくさんいる。私は幸せだ。またしんどい思いをすることもあると思う。でも私には素敵な友人がいる。
その事実だけで私の胸はいっぱいになった。ありがとう。みんなにその言葉を伝えたい。

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