灰色と青

景色と淡さと音楽と

音楽は好きかい?

「音楽の力」という言葉は、皆さん頻繁に聞くことがあるのではないでしょうか。音楽を聴くと勇気が出る、元気が出る。また、結婚にはこの歌、卒業には、恋には、クリスマスにはといったように、シチュエーションに合わせてといった具合に、音楽の一般的なイメージはそのようなものではないでしょうか。僕も、そのような音楽を否定する気は全くないです。音楽は演劇と同様に芸術部門であり、正解がないものだからです。そもそも僕は音楽批評家というものに若干の疑問を呈しています。絵画も同様で、ピカソの絵の素晴らしさを理解できる一般人は、ほとんどいないのではないでしょうか。あれは専門家が素晴らしいと言ったから、そのような評価がついたのです。音楽は絵画よりは大衆に根付いているので、絵画分野よりは親しみやすい芸術となっていますね。さて、また前置きが長くなってしまいました。ということで今日は、僕の音楽観についてです。

第六感が震えるんだ

僕はこれまで、何回か第六感について記してきました。現代語では、エモいと言います。僕もまだ高校生なので、普段の生活ではエモいを連呼していますが。僕の第六感を最初に刺激し、解放してくれたのは、音楽です。少しばかり、その第六感が震えている状態の僕の心中を殴り書きさせて頂きます。かなりの奇人になることが想定されますので、お気を付けください。

薄暗い夜の入り口、点在する照明にスローな音楽のハーモニーが絡みつく。目の前の水が少しばかり心地よく吹く風に揺られて、リズムを刻んでいる。心臓が時の儚さで少しばかり締め付けられる。天にも昇りそうなこの感情は、神が与えてくれた。そう思えるほど形容し難い何かである。自然が生み出したこの風景と、人間が生み出した音楽によって生み出されるこの神秘的な感覚。私の人生の旅路に、この感覚は何をもたらしてくれるだろうか。僕は、あの夜の街で、帰路の途中で、この世のものとは思えないような快感に苛まれ、静寂に包まれたあの世界では、同じ風景が全く別物に感じた。並ぶ家も、植えられた木々も、そしてたまに来る車でさえも、僕の胸をいっぱいにしてくれる要素に過ぎないのではないか。僕を中心に世界は回り、世界は僕に時間を献上したのだ。僕は夜の大通りで夜想曲に乗り、僕だけの神の国に飛び立つんだ。

さて、以上になります。長くなってしまいました。皆さんは、書いてあることが分かりましたでしょうか。まあ、なかなか厳しいかもしれません。なんせ人の感情ですから、文字に起こした位で僕の感情が全て理解されては、悲しくなってしまいます。「夜」という単語が頻出してます。夜というのはとても幻想的で、夜景などが好きな方も多いと思います。そこに、夜を想わせるような音楽を聴くと、とても気持ちよくなれます。夜を想わせる音楽は、個人的にはスローなベースラインがよく効いた音楽というイメージです。この夜を想わせる曲は、意外にもたくさんあります。しかし、日中にこの【夜×夜想曲】の式に匹敵する音楽は、いまだに見つかっていません。シチュエーションによっては、いくつかあるのですが。

米津玄師という男

前記した通り、太陽のある時間に第六感を刺激してくれる音楽を捜してくれていた僕は、遂に朝方にぴったりの曲を見つけました。

米津玄師の灰色と青です。MVを見て頂けると分かると思うのですが、あの音と映像によって作られている世界観。少し悲しい雰囲気が出ていて、とても好きです。朝焼けの中、学校に向けて出発する1月の午前7時。白い息を吐きながら歩く耳元で流れる灰色と青。想像するだけで身震いします。

刺激とエモさと儚さと

この景色×音楽のエモさを体感するようになってから、街を歩くのが楽しくなりました。電車から見える景色も、全てが自分のためにあるように感じられたのです。その一瞬の儚さ、淡くて消えてしまうものを味わうことの美味しさは格別。想像して、創造してみてください。実体がなくても、心の中に住んでさえいれば、ほら。今日も。ハートが、オレンジ色に微笑んでいます。

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