冷めていく感覚と自責
自分語りが過ぎるほど、自身の価値を落としていることに気づいていない。第三者として見たとしても哀れでならない、とてもかわいそうだなと。
最近感じたことは、自分は相手のことをリスペクトしていたとしても、相手はそんなつもり微塵もなくてちっぽけなジェラシーで思ったことを何も考えず言う。
本件はとあるライダーから寄せられたメッセージの件です。
結局何が言いたいのかよく分からなかったけど、長々とツッコミどころ満載の持論を展開した挙句、私の走りをオーバースピードで突っ込む"輩"と表現されたのはとても残念で悲しい気持ちになった。どうしてこのような表現をしたか考えてみたものの「嫉妬」以外の理解が及ばなかった
自分のミスで落車した責任について今さら話す道理が分からない、巻き込んだ選手の気持ちを考えた発言なのかと、結局自分のことしか考えてないことに気づいていない
messengerで過去の話を掘り起こすくらいなら直接会って言って欲しい、納得いかないなら腹割って話そう
よく「冷めた」と表現されるけどまさにその感覚
別件で三河練内で一悶着あったけど、発言したオカズさんや庇ったヤッシーさんを含め自分以外のために発言している方々の想いをSNS上でも感じ取れた。とても素晴らしいチームだと感じる。
自責で考え良い点、悪かった点をしっかり話し合っている。チームとしても個人としてもあるべき姿であり、本当にリスペクトです。
強さや実績なんて関係なく「自責」で物事を捉えれていえる方々を常に模範にしたい。
今回の出来事は反面教師として残しておくけど、このnoteを見てくださる方々は私に対しても気になった点があればなんでも言って欲しい。自分では気づかない言動で相手を傷つけてしまいハッとする時があるので、気兼ねなく指摘して下さい。
色々感じることは沢山ありますが今日はこの辺で
以上、想ったことでした。
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