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友情物語ではないし、サクセスストーリーでもない。『だが、情熱はある』

こんなにも熱がほとばしるテレビドラマは久しぶりに観たような気がする。
 
オードリー若林と南海キャンディーズ山里がコンビを組んだ“たりないふたり”。
元々は2009年に開催されたお笑いライブ『潜在異色』で出会ったふたりが2012年にコンビを結成。2021年に解散するまで漫才を披露し続けた。

その醍醐味は台本一切なしの即興漫才。
普段はツッコミだがラジオでは春日に対してボケまくっている若林と、他の追随を許さないスピードで絶妙なツッコミを放つ山里。お互いに何が飛んでくるか分からない中、人前で漫才を見せる状況に緊張感を持ちつつも、とても高いレベルでお笑いを楽しんでいるふたりの共通点は「人見知りであり自意識過剰」なところだ。飲み会では一刻も早く帰りたいし、興味のない話をしてくる相手の止め方を延々と考えたりするようなふたりなのだ。

そんな“たりない”ふたりが織りなす漫才はファンの数を順調に増やしていき、約9年に及ぶ活動のラストを締め括った解散ライブには約5万5千人がその最後を見届けた。
ちなみに5万5千というのは東京ドームを満席にできるほどの数。これだけでもこの漫才コンビの凄さが伝わってくる。
 
今年の1月末。ふたりの半生が連続ドラマになるというニュースを観た瞬間、イチファンとしてとても嬉しかったが、その反面、心のどこかで不安もあった。
それはリアルタイムで追いかけてきたふたりを知っているが故のチープさを感じてしまうのではないかという不安だった。本人たちの足跡を見守ってきたからこその、どこか作り物めいた雰囲気を感じてしまうことへの危惧。

しかし、そんなものは初回放送を観たらすっかり吹き飛んでいた。このドラマは伝説になるかもしれない。そんな予感すら感じるほどに。
 
第1話の冒頭。たりないふたりがまさに最後のステージに立つ直前の楽屋シーンから物語は始まる。
2021年、コロナ渦ということもあり無観客(配信限定)で行われた解散ライブ。ふたりの半生を描くからにはやはりこのライブは外せない。そして、ライブ後に若林が急な体調不良により倒れた描写も描かれた。

これには驚いた。もちろん、その事実はオードリーのオールナイトニッポンで本人が語っていたので知ってはいたが、まさかドラマでも忠実に表現されるとは思っていなかった。この場面を観た瞬間、決して「単調なふたりの成功物語」として終わらせようとしない制作陣の矜持を感じた。このドラマは成功に至るまでの紆余曲折、数え切れない挫折や苦悩も全部観せようとしている。その姿勢に、僕は一瞬にして心を奪われてしまったのだ。
 
ふたりを演じるのは、ともにアイドルグループに所属する髙橋海人と森本慎太郎。
正直なところ彼らの演技を今回初めて観たが、両人の癖のある特徴を見事に捉えて演じていた。これにも驚いた。喋り方や仕草がそっくりで、目を瞑って声だけ聴いたら本人だと間違えてしまいそうなほど似ているのである。彼らの演技もドラマの質を確実に押し上げている。チャンスがあれば、ぜひ実際に観てほしいと思う魅力の一つだ。
 
そして、時はふたりが高校生だった1995年に遡る。
ともにオードリー、南海キャンディーズを結成するまでの足跡を、芸人を目指すことになった原体験にまで遡り、人間味あふれるタッチで描いている。

事あるごとに息子に口出しするも何度も仕事をクビになる若林の父や、やることなすこと「すごいね」としか言わない山里の母といった家族はもちろん、オードリーが下積み時代を経験したショーパブ・キサラの先輩芸人の面々、山里が卒業した吉本の芸人養成校・NSCのライバルたちなど、個性豊かなキャラクターにも注目だ。世に出る前からこんなにも面白い人たちに囲まれていたのなら笑いの嗅覚が養われるのも頷ける。

それにふたりの相方になる春日、しずちゃんとのエピソードも、そのすべてが現在のふたりの血となり肉となっているように思えてならない。確かな正解がない芸の道で、若い頃から試行錯誤しているふたりの青春はまさにここにある。

これはふたりの物語。惨めでも無様でも逃げ出したくても泣きたくても青春をサバイブし、漫才師として成功を勝ち取っていくふたりの物語。しかし断っておくが、友情物語ではないし、サクセスストーリーでもない。そして、ほとんどの人において、まったく参考にはならない。だが、情熱はある。

『だが、情熱はある』第1話

第1話で流れたナレーション。まさにそんなドラマに仕上がっている。それ以上でもそれ以下でもない。
でも、こんなにも熱いものを感じるのは、本人たちの足跡を観てきたからでもあるし、これからのふたりに期待しているからだ。そして何より、このドラマを観ていると演者や制作陣から若林・山里に対する愛を至るところで感じられる。それがイチファンとしてはたまらなく嬉しいのだ。

物語も折り返し地点を迎えている。それぞれのコンビを組み、売れっ子芸人への道をひた走るふたりはドラマ内でどんな漫才を観せてくれるのか。

だが、情熱はある。
「だが」の前の言葉たちが意味を成さないほど、情熱を持つことはどうしようもなくかっこいい。普段はクールなあなたでも、らしくもなく熱い思いに駆られてしまう。これはまさに、そんなドラマだ。


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