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市川徹のWikipediaの写真を変更しました。

 映画『快盗くいしん坊』の製作総指揮を務め、8月30日に亡くなりました市川徹監督のWikipediaの画像を変更いたしました。現在Wikipediaに載っている画像やこの記事のトップの画像は、スチールカメラマンのタカオカ邦彦さんが撮影したものです。少しカッコつけすぎなくらいカッコよく写っております。撮影地は、市川監督の事務所がある横浜市西区の藤棚商店街周辺で、トップ画像の階段はシネマノヴェチェントという映画館の階段です。
 撮影時期は、この写真は2019年ごろのもので、この後、市川監督は、映画『スタア誕生』や映画『SWANEE 野毛探偵事務所』を監督しています。2021年製作の映画『SWANEE 野毛探偵事務所』は、映画監督引退作として制作されました。肝臓がんを患い、体力も衰える中で、監督引退を決めたそうです。この記事の筆者である小山は、この引退作『SWANEE 野毛探偵事務所』で助監督として参加して以来お世話になっております。

Wikipediaの写真を変更したわけ

 市川監督の以前のWikipediaの画像をご存知ない方もいらっしゃると思いますが、以前掲載されていた写真は、おそらくヤクザ映画などを撮影していたころの写真ではないかと思います。私が知り合った時には地域映画の巨匠になっておられて、だいぶ雰囲気も変わっておりましたので、思い切って変更いたしました。ぜひご確認ください。地域映画の巨匠っぽい写真になっているはずです。

市川徹とはどんな人だったか

 「市川徹とはどんな人だったか」という問いに、私は日々とらわれております。射程の広い方でしたので、「市川徹」と括ると漠然としすぎて見えてこないことも多いように思います。市川徹は、テレビ番組のプロデューサー、音楽プロデューサーや芸能プロダクション社長、映画プロデューサーを経て、映画監督になり、コメディやヤクザ、エロを撮ってから地域映画の巨匠となりました。その時代ごとに全く異なる雰囲気を醸していたのであろうと思います。地域映画の巨匠となり、横浜に凱旋してきてからの市川監督しか知らない私としては、ヤクザやエロを撮っているころは想像できません。以前のWikipediaの画像は、否応なく私の知らない市川監督を知らしめてくるものでした。
 今回、Wikipediaの画像を変更したのは、ウェブ上の市川監督のイメージとは異なる、私が出会った市川監督の印象が写った写真をきちんと世に知らしめようと思ったからです。訃報を知らせる新聞記事に掲載された写真にも怖そうな印象を与える風貌の市川監督が写っておりました。このままでは、市川監督のイメージが固定されてしまうと思い、変更いたしました。以前のイメージを知る方からすれば驚かれるような穏やかさかもしれませんが、少なくとも私は穏やかな市川監督しか知りません。各時代各所に色々な市川徹の姿があったと思います。「市川徹とはどんな人だったか」という問いはこれからも長いこと引きずる問いになりそうです。

クラウドファンディングが始まっております!

 市川監督が製作総指揮を務めました映画『快盗くいしん坊』のクラウドファンディングが始まっております。市川監督のプロデュース作品としては遺作になります。応援よろしくお願いいたします。

https://motion-gallery.net/projects/tomas0728

映画『快盗くいしん坊』
助監督・小山祥平

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