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うまくいかなかったプロジェクトを"セーブ"する「セーブポイント」構想

はじめに

これはCivicTech & GovTech Advent Calendar 2023の9日目の記事です。

Code for Japan Summit2023にてプロトタイプをお披露目した「セーブポイント」について、現在にいたるまでの経緯を記そうと思います。
ちょっとしたロングストーリーになりますので、よろしくお付き合いください(^^)


Well-beingとの出会い

私が「ウェルビーイング」という言葉を知ったのは2021年の春だったと思います。Code for Japanの勉強会でCode for Japan理事の太田直樹さんが「わたしたちのウェルビーイングをつくりあうために その思想、実践、技術」という書籍を参照しつつ、ワークショップのさわりを紹介されていました。
私たちという"関係性"の上で"よい状態"になる。「これって私がシビックテックを続けている動機にかなり近い!」とピンときたのです。私がシビックテックを始めたきっかけは「私と私の身近な人の生活をよくしたい」というもので、それは今でも変わりません。

そこからすぐにCode for Japanコミュニティの中で「Well-being研究会」を始めました。隔週でお昼の1時間、興味のある人たちで集まって本を輪読したり有識者から話を聞いたり、といったインプットの活動が約2年間続きました。

リビングラボにシビックテックは何ができるか

「Code for おやまち」構想

Well-being研究会を始めて1年くらい経った頃、私たちの間では世田谷区尾山台で展開されている「おやまちプロジェクト」の話題でもちきりでした。草の根的に続々とプロジェクトが立ち上がり、参加する人の数もうなぎのぼりというおやまちプロジェクトの状況を聞き、Well-being研究会の数人で集まって、「"Code for おやまち"を作るとしたら何ができるだろう?リビングラボにおいてITで解決できる課題とは?」と議論しました。

「Code for おやまち」を考えていた当時のホワイトボード

当時は全国各地にリビングラボが次々と立ち上がっている頃でもあったので、「リビングラボもそろそろ知見を共有していくべきだよね」という話になりました。
このとき私の頭に浮かんだのは「Civic Tech Field GuideのCivic Tech Graveyardの日本版をつくりたい」ということでした。

シビックテックのプロジェクトはだいたい"失敗"する

ほんの少し遡りまして、新型コロナが世界的に流行しはじめた頃、Code for Allが「A beginner’s guide to civic tech」という記事を公開しました。有事の際にシビックテックの活動は活発化しますが、このときのパンデミックではとりわけシビックテックに世間からの注目が集まりました。この記事は、初めてシビックテックに興味を持った人に向けたガイドとなっています。この記事はCode for Japanの武貞さんら有志によって日本語に翻訳され、「シビックテックの歩き方(ガイド)」という記事で公開されています。

この記事の内容はどこをとっても膝を打つことが書いてあって、とりわけガイドの冒頭文の「シビックテックプロジェクトの多くは失敗しますが、」には私がこれまで肌感覚としてあったことが言語化されていて震えました。シビックテックのプロジェクトは立ち上げ時は勢いがあるのですが、その後運用フェーズになってゾンビのようになっている様子をいくつも見てきたので…
「Civic Tech Graveyard(シビックテック墓場)」を知ったのもこの記事からでした。これは停止したプロジェクトのデータベースです。「失敗から学ぶ」というのは大きな意義があるし、なにより"ちゃんと閉じる"という過程こそが大事だと思っています。

リビングラボの"セーブポイント"を作ろう

この記事を読んでから「Civic Tech Graveyardの日本版ができないだろうか」ということをずっとぼんやり考えていました。そこでCode for おやまちを構想しているときに、こういうのはどうだろう?と提案しました。すると結構いろんな人が似たような課題感を持っているということがわかったのです。

「"墓"というのは語感が強い感じがする」「むしろ"冬眠"というワードのほうがよさそう」「ゲームの途中でセーブする感じ…"セーブポイント"なのでは…!」と、Well-being研究会の面々の間で発想が次々と膨らんでいき、私たちがつくるのは「セーブポイント」だ、ということになりました。
「セーブポイント」は、プロジェクトをいつでもやめることができたりお休みすることができて、いつでも誰でもが再開することができる場所だということを私たちの共通認識としました。

これくらいの頃から、私たちの活動は「Code for リビングラボ」と呼ぶようになりました。

データベースの実装

いかに"正規化しない"か

それから「リビングラボの"セーブポイント"とはどういうものか」をみんなで議論を重ねました。
一方で、「セーブポイント」の実装で手を動かすのは私ひとりの予定でした。いわゆるデータベースサイトなので、なにかしらSaaSのスプレッドシートサービスでデータを管理して、フロントは手軽にJSのフレームワークでサイトを立ち上げようと思っていました。
表形式のデータベース=リレーショナル・データベースについてはいくらか知見はありました。データモデルを考えるのに、どのような項目が必要になりそうか、サンプルデータで検討することにしました。

その際に会津の暮らし研究室の矢野さんから、過去に会津若松で開催されたウェルビーイング・ハッカソンの参加チームのひとつのアーカイブをサンプルデータとして預かりました。ハッカソン後に社会実装フェーズに進むはずでしたが、"大人の事情"で開発が止まってしまったチームです。そのアーカイブの中には議事メモのテキストやデザインワークの画像、プロトタイプを録画した動画などが入っていました。

印象的だったのはその中にチームメンバーからのメッセージが含まれていたことです。「なぜうまくいかなかったか」「本当はこういうことを叶えたかった」ということが書かれたドキュメントがあり、思わず胸が熱くなってしまいました。
これらを構造化されたデータ項目として抽出することはできるのだろうか…?データを正規化していくことによって、削がれてしまう"良さ"があるのではないか
それから私の頭の中は「なるべく正規化せずにデータベースを構築するにはどうしたらいいか」ということでいっぱいになりました。

非構造化データ

いろいろ調べて、私がやりたいのは「非構造化データ」なのだと気づきました。とはいえ、私には非構造化データを扱った経験がありません。なんとなく、データレイクにAIを組み合わせれば解決しそう、とぼんやりと考えましたが、知見がないためどこから手をつけていいかわかりません。

ある日、セーブポイントの議論をともにしてきた角南さんと「どうしたらいいですかね〜」となにげなく雑談していました。その時、某企業の知財データベースを眺めていて、検索結果にワードクラウドを表示させているのを見つけました。
私が「ワードクラウドはちょっと面白いですね。なにげなく見ているうちに、ふとした気付きが得られるのがいいですね」と言ったら、角南さんが「なるほど、こんな感じですね」とパパっと簡単な図を起こしました。

「…あれ?そういえば、こういうプロダクトをうちの若手くんが作っていたぞ…?」
時を同じくして、私は都知事杯オープンデータ・ハッカソンに個人でエントリーしていましたが、私の当時の所属会社の若手エンジニア・加川くんも個人でエントリーし、チームを率いてプロダクトを開発していました。加川くんチームが作成したのは議会の議事録データをセンテンスクラウドで実装したもので、残念ながらファイナル進出となりませんでした。
センテンスクラウドはLLMでベクトル計算して生成するとかなんだかで、正直私の理解を超えているのですが、どうやら構造化されていないデータを扱うとのこと。
「もしかして、セーブポイントの実装ってこれなのでは…?」と思いつき、加川くんに都知事杯ハッカソンで作ったプロダクトの実装をセーブポイントに転用しないか相談を持ちかけました。その時私は小一時間くらい、今までのセーブポイント構想の経緯を話し続けました。
セーブポイント開発チームが動き出した瞬間でした。

プロトタイプのお披露目へ

ウェルビーイング・ハッカソンでデータ集め

都知事杯ハッカソンの加川くんチームがセーブポイント開発チームとなってからは、実装はトントン拍子に進みました。
その時はすでに「今年のCode for Japanサミットでお披露目する」ということは決めていましたので、それを大きなマイルストーンにして、その2週間前に行われるウェルビーイング・ハッカソンでデータを集めてみよう、ということになりました。

2日間のウェルビーイング・ハッカソンが行われる会津若松までセーブポイント開発チームのメンバーに来てもらって、ハッカソン参加チームの開発プロセスの記録データの収集を始めました。
この時すでにハッカソン運営メンバーやメンター陣の間ではセーブポイント構想のことは周知されており、「ぜひやりましょう」ということで大きな期待を持って会津若松に乗り込んだわけですが、実際にはハッカソンの参加者からは「セーブポイントってなんぞ…?」という空気が感じとれました。

確かに、いきなりプロジェクトやプロダクトを「セーブ」すると言っても、その意図は伝わりにくいかもしれない…。
そこでセーブポイント開発チームには急遽1日目の夜に「セーブポイントにデータを入れるとこうなります」といったプレゼンテーションをやってもらいました。2日目の最終成果発表の際には、他のハッカソン参加チームと同様同列にプレゼンテーションを行いました。
私たち関係者以外の前でセーブポイント構想が披露されたのはこの時が初めてでした。まだまだプロトタイプながら、彼らの類まれな理解力・発想力・技術力によって、私たちが驚くようなプレゼンテーションになっていました。

彼らのプレゼンスライドの冒頭にはこのように書いてありました。
「もしウェルビーイング・ハッカソンで生まれたプロジェクトがここで終わってしまうとしたら」
私は会場の後ろでスマホのカメラを向けながら、目頭が熱くなっていました。

会津若松で大活躍したセーブポイント開発チームのプレゼンテーションの様子

リビングラボの原型としての「スナック」

ウェルビーイング・ハッカソンでのプレお披露目を経て、Code for Japanサミットでの本お披露目がまもなくというところまできました。ワークショップの枠をおさえ、私たちはそれぞれやりたいことを自由に考えていました。その中で「スナック」というアイデアがありました。過日のCode for おやまち構想の際にも出ていたアイデアです。スナックのママがカウンターのお客様と会話しながら、「そういえば最近いいお酒が入ったのよ」と言わんばかりに棚に並んでいる"セーブ"されたプロジェクトを紹介する、というイメージです。
他にも、ロールプレイングゲーム調のボードゲームをやりたい、とか、薄い本を頒布したい、といった案が出ていました。このうちボードゲームの設定としての「ロール(役割)」をスナックと合体させて、最終的には「スナック寸劇」という形になりました。

サミットの一週間くらい前からは文化祭前夜といった雰囲気で、小道具に凝ったり、寸劇のシナリオを詰めたりしていました。
ところがサミットの3日前、ふと「スナックの"ママ"の役割とは?」という疑問に突き当たりました。スナックの設定って、そもそも伝わるのだろうか…?

私たちが言っている「スナック」とは「地域や現場のいろいろな人が本音で話せる場、知らない人同士がママを介してつながる場」を表すメタファーであり、「スナックのママ」とは「人を繋ぐファシリテーター的な存在」のメタファーである。それが深夜まで議論を重ねて行き着いた結論でした。

その時ふと、このスナック寸劇のサブタイトルが浮かんできました。
スナック・ギーク。そこは人から人へ"思い"を紡ぐ場所。

当日ワークショップ参加者に配布したチラシ
スナック寸劇の様子。スクリーンにはセーブポイントのプロトタイプを投影

これからどうする?

Code for Japanサミットでセーブポイントの構想が無事お披露目と相成りまして、当日参加された方や告知をご覧になった方などから様々な反響をいただき、メンバー一同大いに感謝しているとともに、確かな手応えを得られたことに感動しています。
そして早速今後の展開に思いを巡らせているところです。

今回はメンバーが持っている「"セーブ"したいデータ」をセーブポイントに提供するということをやってみたのですが、「これって誰でも"ロード"できる状態になっても大丈夫なものなのか…?」とか「自分にとってはうまくいかなかったプロジェクトなんだけど、他の関係者にとっては"うまくいっている"プロジェクトなのかもしれない…」「むしろどんどん仲間を見つけてスケールさせるためにセーブポイントに入れておきたい…!」といった感想がすでにメンバー間であがっています。
さまざまな不安要素をクリアにするためにも、まずは「プライバシー」と「ライセンス」の実装は喫緊の課題だと思っています。

これから段階的にいろんな共創の場で使っていただけるように作戦を練っている最中ですので、いましばらくお待ちいただけると嬉しいです。


CivicTech & GovTech Advent Calendar 2023の昨日の記事は関さんの「シビックテックとは文化である」でした。たかが10年、されど10年。さまざまな人たちで紡いだシビックテックの歴史と積み重なった思いに感慨深くなりました。今日の私の記事は歴史の先に提示されたひとつのアンサーなのかもしれないです。
明日の担当はシビックテックさいたまの桑原さんです。彼女も歴史の先、いやもっと未来を見据えている人なのでね。明日の記事も大いに楽しみです。


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