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【猫小説】『メニー・クラシック・モーメンツ』第2章:吊り橋 ④


 同棲をスタートさせる半月ほど前のこと。
 
 僕と有季は ” ライブラリー(彼が所有している書籍や資料を保管している四畳半の一部屋のこと)” の片付けに追われていた。
 それは「ここをシュンの部屋にする」と、唐突に有季が言い出したことがきっかけだった。
 僕の荷物は少なかったし「自分の部屋なんて要らないよ」と、彼には伝えていたのだけれども「一人きりになれる空間がないと、ふたり暮らしは長く続かない」としっかり脅され、独房が与えられることになった。
 結局、彼の提案は良案だった。なぜならば、有季も僕も、2、3日にいっぺんくらいは、どうしても一人きりになりたい時間が、必ず訪れたからだ。

 ライブラリーの書棚には文学や芸術に関する本はもちろんのこと、歴史、哲学、政治、経済、科学、生物、地学、心理学など、ありとあらゆる知識が満遍まんべんなく、大量に収蔵されていた。

「こんな立派な本を処分しちゃっても、本当に大丈夫なの?」
「大体覚えたから、平気だよ」

 彼の財産の新たなねぐらは、某古本の ” 買取ショップ ” ということになった。買い取ってもらえなかったものは、オークションサイトに出品したり、区立図書館へ寄付したりもした。

 最終的に手許に残った本は全部で12冊だけとなった。この部屋を占拠していた書籍たちは、ものの半日で嘘のように片付いた。
 それにしても、あの膨大な情報の大半がインプットされているという有季の脳味噌は、一体、どんな構造になっているのだろう…。

*****

 この盛大な断捨離を終え、有季は満足げにラプサン・スーチョンを飲んでいた。

 そんな彼とは裏腹に、僕は頭がコンフューズしていた。なぜならば、断捨離の最中に、彼の「過去」とばったり出会ってしまったからだった。
 片付けていた本の中から、一枚の「ポラロイド写真」が、ひらりと目の前に舞い降りたのである。

 写真には二人の男性が写っていた。一人は、容姿端麗な小麦色の肌をした背の高い男性。そして、その彼にぴったりとくっついている ” 有季 ” の姿もあった。

 写真の中の有季は、今よりもずっと若く、幼く見えた。

 きっとこの超絶イケメンは、有季の ” 元彼 ” なのだろう、と、即座に理解した。写真の裏には見覚えのある筆跡で「葉山にて。サトシと。」と、記されていた。

 平静を装ってはいたが、心にすっと入り込んだ土用波のせいで、胸に広がる大海に巨大なうねりが現れた。
 てのひらにも汗が広がった。磁石に引き寄せられた、砂鉄みたいに。

 有季の「過去」に動揺するなんてナンセンスだと頭では分かっていた。分かっていたのだけれども、時子が暴露した有季の ” 過去たち ” には一切存在しなかった「念」のようなものが、この男の瞳には、しっかり宿っていた。

 ― サトシという男は「何か」が違う。

 そんな啓示めいたものが、脳内を鮮やかに駆け抜けていった。

 僕はとっさに、手近にあったモダンアートの図録の間にその写真を隠した。そして「この本、仕事で使えそうだから、あとで読んでもいい?」と、有季にたずねた。
 彼は「仕事に役立つんだったら、その本、シュンにあげるよ」と、言った。

 こうして僕は、首尾よく、彼の「過去」を盗み出すことに、成功した。

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