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松本人志の放送室

外を歩く時、僕はいつもイヤホンを着けている。そこから聴こえてくるのは2人の男性の笑い声。松本人志のラジオ番組「放送室」。

僕は松本人志が大好きだ。笑ってはいけない、水曜日のダウンタウン、すべらない話。「笑いの神」と呼ばれる松本人志は、ベテランになった今でも活躍の場を広げ、僕らに笑いを届けてくれる。

もちろん面白いのは大前提にあるけれど、僕が何故彼にこんなにも魅かれたのかと言うと、松本人志の周りの人がみんな魅力的に見えるからなのだ。そしてその魅力的な人がたくさん登場するのが「放送室」なのである。

2001年から2009年まで約9年間放送されたラジオ番組「放送室」は、ダウンタウンの松本人志と放送作家の高須光聖のふたりがパーソナリティーとなって全391回に渡って放送された。コロナも東日本大震災も知らない世界で、タイムリーさのかけらもない話題がでてくるこの番組を、僕は中学生のころから約10年間繰り返し聞いている。

松本人志の話し相手の放送作家の高須さんは、松本人志の小学校からの同級生であるため、ラジオという内向きな雰囲気も相まってプライベートな話が沢山でてくる。小中学校の頃の友達や、オカン・オトン、後輩芸人、マネージャー、テレビ局のスタッフなど、多くの「松本人志と関わる人」が登場する。松本人志が彼らのことを語り出すと、そこにたくさんの笑いがつけられて、とてつもなく魅力的な人にうつるのだ。そしてそんな魅力的な人に囲まれている松本人志自身も更に魅力的に見えてくる。

たくさん好きな回はあるのだけれど、その中でも特に好きなのは第44回の放送だ。ふとした話の流れから、2人が子どもの頃にいた、尼崎のこわいおっさんを語り合うのだ。

当時小学生だったまっちゃんは、おっさんの刈り上げ姿がなぜだか異様に面白く感じてしまい、友達と一緒に、通るおっさん通るおっさんの刈り上げ姿を見て笑っていたら、そのうち気づかれてしまって、おっさんにどつかれてしまった。毛むくじゃらの先輩にしばかれる伊藤氏や、家が貧しく友達の誕生日プレゼントに鉛筆3本しかあげられなかった森岡氏などが語られている。2人の思い出話には彼らを取り巻く人がたくさん出てくる。聞いているだけでその人たちに会いに行ってみたくなるのだ。

他にも、振る舞いが大物俳優のような中学の同級生や、何をやるにもガサツなプロデューサー、天然な後輩など、松本人志の周りの人たちが魅力たっぷりに登場する。

友達も近所のおっさんもこわい不良も、松本人志に語らせるとみんな面白さをふんだんに含んだ魅力的な人になる。どんなにこわい人でも、にくい人でも、そこに愛を持って笑いを足すことで、素敵な人物に様変わりする。そんな風に素敵に紹介された人たちを羨ましく思えてくるのだ。

松本人志は、人がしない独自の視点で笑いをとることが多い。人が正面からしか見ないところを、斜め下から見て笑いをとる。このスタイルがあるから、一般に「こわい」とか「ムカつく」とか一通りの見方しかされない人物に対しても、笑える側面を見いだして面白くするのだ。そうすることで、そのこわい人やムカつく人が魅力的な人に見えてくる。これはワンピースと一緒だ。

大人気マンガのワンピースは、主人公のルフィが個性豊かな仲間たちと海賊王をめざす話だ。誰もが知ってるこのマンガには、絶対的な悪がいない。旅の途中に出てくるたくさんの敵は、曲がった心を持っていたり、ひどい行為をしたりするのだけれど、絶対にどこかぬけてるところがある。どんな悪役にも愛せる一面があるため、僕らの目には魅力的にうつるのだ。そして僕らはワンピースが好きになる。

自分の周りにいるムカつく人ややさしい人や面白い人やつまらない人は、全部の要素、細胞ひとつひとつまでが、悪かったり優しかったりするわけではない。どんなに悪く見える人でも優しい一面を持っていて、どんなにつまらなく感じる人も面白い一面を持っている。この一面に気がつくことができれば、その人に対してより愛を持って接することができるのだろう。

僕にも友人、先輩、後輩、たくさんの人が関わってくれている。その中でもどうしても苦手に感じてしまう人がいる。でもそんな人も、正面から見ずにちょっと後ろから見てみることで、ねぐせを見つけるみたいに可愛らしい愛せる一面を発見できるはずなのだ。そんな風に人を見れるようにはやくなりたい。


甲本ヒロトがボーカルをつとめるザ・ハイロウズというバンドの、『日曜日よりの使者』という曲がある。

タイトルでピンとこなくても、きっとどこかで聞いたことがあると思う。この曲は、ボーカルの甲本ヒロトの実体験を元に書かれたといわれている。甲本ヒロトが自殺を考えるほど思い悩んでいたある日曜日、ダウンタウンの番組を何気なく観て、何も考えずに笑っている自分がいて、「俺まだ笑えるんだ」と気づき自殺をやめたことがあったのだ。

このままどこか遠く連れてってくれないか
君は君こそは日曜日よりの使者
たとえば世界中が土砂降りの雨だろうと
ゲラゲラ笑える日曜日よりの使者
適当な嘘をついてその場を切り抜けて
誰一人傷つけない日曜日よりの使者

「放送室」での松本人志のトークは、時に本気で怒っていたり、悲しんでいたり、なげいていたりする。だが、さいごは笑いに変えて僕に届けてくれる。「一番笑い声を聞いた耳にしたい」と語った松本人志は、彼を取り巻く全てを笑いに変え僕らを楽しませてくれている。そしてどこか遠くに連れて行ってくれる。

外を歩く時、僕はいつもイヤホンを着けている。そこから聞こえてくるのは「放送室」、魅力的な人がたくさん出てくるラジオ番組だ。


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