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津原泰水の小説冒頭抜き出し

まえがき:
2022年10月2日に津原泰水が亡くなった、と5日に知った。
こっそり私淑していた作家なので、衝撃大。
何日もwebでお名前を検索しては、死を悼む読者や同業者の書き込みを、読んで読んで読んで……あ、このネットサーフィンには終わりがないな、と気づいた。哀悼に淫している感じ。
数日後、読々ハムスター@読書垢(@dokudokuhamster)さんがアップした著作リストを発見して、好機だ、再読の踏み台にしよう、と考えた。
さらに踏み台の第二段階として、津原作品に顕著な書き出しの凄まじさ(≒素晴らしさ)を抜き出してみよう、と思いついた次第。

読々ハムスター@読書垢(@dokudokuhamster)さん

メモ:
・原則一文で。例外は認める。
・少女小説時代は割愛(1989~1996まで31作)。ただし「ルピナス探偵団」シリーズは、2004~として別項を立てる。
・◆はシリーズもの、●は短篇集。
・本リスト作成は、2022年10月。……未収録作をまとめた単行本を熱望。
・リストを起こしながら気づいた点。「あたしのエイリアン」シリーズで付き合いのあった講談社と、付き合いは保ちつつ筆名を変えて、「妖都」を発表したのだな。
・とはいえ講談社の単行本「少年トレチア」の文庫が、集英社文庫から出るタイミングあたりから、単行本と文庫の版元がガラガラ変わる現象が起きる。
・キャリア後半は、(幻冬舎との確執は有名だが、)ハヤカワ文庫との蜜月で再刊多し。
・新潮文庫の3分冊を順次発表→河出書房新社から合冊の単行本「クロニクル・アラウンド・ザ・クロック」は、逆順・変則。
・版元の贔屓傾向を見ようとしてみたが、結構バラバラで傾向見えず。SNS上で仄見えていたが、やっぱり出版社側としては、つきあいにくい作家だったのかな。

■01『妖都』 1997講談社 2001講談社文庫 2019ハヤカワ文庫
黄昏。たそがれ――。

■02『蘆屋家の崩壊』 ◆幽明志怪シリーズ1 1999集英社 2002集英社文庫 2012ちくま文庫(「奈々村女史の犯罪」が追加、「超鼠記」が『ピカルディの薔薇』に移行)
「反曲隧道(かえりみすいどう)」

 大宮にドラキュラ伯爵と綽名されている男がいて仲間内ではたんに伯爵と呼ばれているのだが、生業は怪奇小説を書くことであってその筋では有名らしいからもしも名前を記したらご存じの方があるかもしれない。
「蘆屋家の崩壊」
 正体は、信田の森の白狐である。
「猫背の女」
 怖いものといったらまず女だ。
「カルキノス」
 薔薇の薔の字を見ているとまるで薔薇の複雑な花弁そのままだし、薇の自はその幹と葉とを想起させる、と三島由紀夫が書いているが、俺は子供の頃から蟹という字にそれと同じことを思っているのだ。
「ケルベロス」
 「じつは、あのスクリームクイーンが……」
「埋葬蟲」
 生まれは瀬戸内の小島だが、そんな辺鄙な土地にさえ富豪というのはいたもので、なにを隠そうおれの生家がまさしくその富豪であった。
「奈々村女史の犯罪」
 当初彼女は伯爵の担当としておれの前に出現したのである。
「水牛群」
 脳内恐怖物質、とおれが名付けた。

■03『ペニス』 2001双葉社 2004双葉文庫 2020ハヤカワ文庫
 脱ぎやすそうな衣装だった。

■04『少年トレチア』 2002講談社 2005集英社文庫 2020ハヤカワ文庫
 日本放送の番組《ザ・ワイド》のための取材ヴィデオデープから

■05『ルピナス探偵団の当惑』 ◆ルピナス探偵団シリーズ1 2004原書房ミステリー・リーグ 2007ハヤカワ文庫
「第一話 冷えたピザはいかが」

 犯人は意外ではなかった。
「第二話 ようこそ雪の館へ」
 青い薔薇は実在する、さまざまな色で。
「第三話 大女優の右手」
 伯爵夫人役の女優は、三分にもおよぶ長科白を朗々と演じきった。

■06『奇譚集』 ●短篇集1 2004集英社 2008創元推理文庫
「天使解体」

 三回忌がまる三年目になってしまったが、その程度で腹を立てる亡父ではあるまい。
「サイレン」
 幾子から祖父殺害の企てを聞かされた公太朗は、この半年のあいだ彼女の内面をプランクトンのようにうようよと満たしてきた悪意が感情の食物連鎖の果てに殺意の怪魚をよびよせるに至ったことへの快哉とともに、その奇蹟を孕んで平然としている姉の澱んだ内海のように豊潤な肉体にいつか自分自身も嚥下されるに違いないという予感を得る。
「夜のジャミラ」
 大きな音をたてたり非常灯を点けたり消したり千鶴子先生の耳許で死ねってささやいたりさ、くく、けっこう楽しくやってたんだ。
「赤假面傳」
 (一)美を吸ふ惡魔 (※村山槐多)
「玄い森の底から」
 さんざっぱら我慢に我慢を重ねた青春だったっていうのになんでそのうえこんな汚い場所で犯されながら殺されなきゃいけないんだろうと思うと涙や洟水があとからあとから溢れだして耳のなかや髪のなかまで流れこんできた。
「アクアポリス」
 国枝里香が死ぬんを見たんは僕と福本秀一と篠塚千絵、あと野良犬が一匹。
「脛骨」
 ただ欠勤が続いているとだけ思っていた山際多恵が、じつは交通事故に遭い病院に収容されているのだと知り、翌日、病院のある荻窪に出向いた。
「聖戦の記録」
 おれはまだ兎派の知らなかったから初めてイシダイッセイがヒロスエリョウコから石を投げつけられた時は驚いたというより衝撃を受けた。
「黄昏抜歯」
 痛みにまどろみ、痛みで目が覚めた。
「約束」
 美しい話だ。タカシとエリカは十六歳。夜の観覧車で出合った。
「安珠の水」
 長いあいだ、キャンベルスープのラベルをデザインした人なのだと、信じてきた安珠の目には、(略)
「アルバトロス」
 ……ププカ……ププカ……と鳥がさえずるような声で読んでいる。
「古傷と太陽」
 俺の番か。困ったな。君らみたいに得意のネタの持ち合わせはないんだ。
「ドービニィの庭で」
 『ドービニィの庭』は黄緑色を基調とした息をのむまでにあかるいファン・ゴッホ最晩年の作で、現在ひろしま美術館に所蔵されている。
「隣のマキノさん」
 隣というのは本当は嘘で何軒か離れているし間に空き地もあるのだが、話を簡単にするために隣ということにしておこう、マキノさんという人が住んでいることに気づいた。

■07『赤い竪琴』 2005集英社 2009創元推理文庫
 ダバオの港を離れるや非道い時化に見舞はれる、灰色の闇を錐揉みに何処までも墜ちてゆくやうだ、

■08『悪い男』 (キム・ギドク監督の映画のノベライズ) 2005バジリコ
 ※未所有

■09『アクアポリスQ』 2006朝日新聞社
 たてまえ上、今のアクアポリスは陸よりも揺れないことになっている。

■10『ブラバン』 2006バジリコ 2009新潮文庫
 バスクラリネットの死を知ったトロンボーンとアルトサクソフォンは、ちょっとしたパニックに陥った。

■11『ピカルディの薔薇』 ◆幽明志怪シリーズ2 2005集英社 2012ちくま文庫(『蘆屋家の崩壊』から「超鼠記」を移動、「枯れ蟷螂」を増補)
「夕化粧」

 2DKしかありません。
「ピカルディの薔薇」
 猿渡先生ですか、と快活に声をかけてきた青年は、小柄で痩せてはいたが、到底病んでいるようには見えなかった。
「超鼠記」
 話した端から話したことを忘れてしまう男で、けっきょく長い付合いではなかったにもかかわらず、お得意の、上野の映画館で足許を横切っていた溝鼠が猫並みの大きさだったという一幕など、累計すれば何十回のロングランであったか知れない。
「籠中花」
 手許に一冊の少年雑誌がある。
「フルーツ白玉」
 奄美諸島に属する小島、主鵺島で悲惨な死をとげた女社長を憶えておいでだろうか。
「夢三十夜」
 たとえばこんな夢だ。
「甘い風」
 執筆に疲れたと云っては家を出ていき南國洞に入り浸っているので、このところ家人は機嫌がわるい。
「枯れ蟷螂」
 母の兄である。腹膜炎だった。
「新京異聞」
 大同大街のホテルに部屋をとり楽団事務局への電報を頼んでから、すこし眠った。

■12『ルピナス探偵団の憂愁』 ◆ルピナス探偵団シリーズ2 2007創元クライム・クラブ 2012創元推理文庫
「第一話 百合の木陰」

 煙が上がっていく。
「第二話 犬には歓迎されざる」
 ドードー鳥の話は続いた。
「第三話 初めての密室」
 被害者は執拗な付きまといによる被害を訴えていた。
「第四話 慈悲の花園」
 ルピナスの実は口に苦く、微量ながら毒を持つという。

■13『たまさか人形堂物語』 ◆たまさか人形堂シリーズ1 2009文藝春秋 2011文春文庫 2009創元推理文庫(『たまさか人形堂ものがたり』に改題、追加作品あり)
「毀す理由」

 青い眼をしたお人形は/アメリカ生まれのセルロイド
「恋は恋」
 お客さんだと思った。
「村上迷走」
 「寛永の頃、堀氏が治めていた村上城に、お秋という側室がいました。(略)」
「最終公演」
 豆腐店のご隠居は、いつでも酔っ払っているように見えて、そのじつビール二、三杯で顔が青ざめるほどの下戸だ。
「ガブ」
 SHIMURA YUKIO。
「スリーピング・ビューティ」
 「外に猪がいる。三頭も」と叫びながら、早苗ちゃんが玄関に飛び込んできた。

■14『バレエ・メカニック』 2009早川書房 2012ハヤカワ文庫
 年齢不詳の美人妻を療養所に閉じ込め、若い愛人たちのアパートを転々としている。

■15『瑠璃玉の耳輪』 ※尾崎翠の脚本を小説化 2010河出書房新社 2013河出文庫
 飼われているのは、祖先をたどればチベットに行き着くという、掃除のモップに似た風貌の犬だ。

■16『11 eleven』 ●短篇集2 2011河出書房新社 2014河出文庫
「五色の舟」

 下駄屋に生まれたというくだんのために、僕らは一家総出で岩国に出向いた。
「延長コード」
 娘の訃報を受け取ってから、しきりに虐待されている猫の夢をみるようになった。
「追ってくる少年」
 長い坂道をのぼりきったところの、墓地の上がり口の、5DKの二階屋だ。
「微笑面・改」
 某日/あたかも絹子の顔。
「琥珀みがき」
 格上の職人が形をつけた石を、グラインダーでぴかぴかになるまで磨きあげる。
「キリノ」
 おまえキリノに惚れてるんじゃないのかと言われて必死に否定してしまい、図星だったらしいぜ図星だよおいみんなこいつキリノに惚れてんだってとすっかり立場をわるくしたことがある。
「手」
 恐ろしいものなどない。
「クラーケン」
 人間部屋もあるにはあった。
「YYとその身幹(むくろ)」
 一、一般的なステレオセットの中央に、スピーカーは存在しない。
「テルミン嬢」
 眞理子は赤が似合う。
「土の枕」
 乾いた泥に覆われた砲車は、息絶えかけた巨獣を思わせた。

■17『猫ノ眼時計』 ◆幽明志怪シリーズ3 2012筑摩書房 2015ちくま文庫(「病の夢の病の」を増補)
「日高川」

 「こんなところで再会できるとはね」というおれの科白で幕が開く。
「玉響」
 例の伯爵という綽名の小説家も付いてきて、自宅と誤解しているのではと思うほど長長と居座り続けた。
「病の夢の病の」
 風見鶏さんはすでに死んでいるという。
「城と山羊」
 「今度は山羊の島へでも行ったかね」と電話の向こうの老母が力無く笑ったのが三年前。
「続・城と山羊」
 オリーヴ林のなかに白い装束に身を包んだ遊離子が立っている。
「猫ノ眼時計」
 同居人や隣人や訪問者は別にしても、住居そのものの特異性に於いて、高円寺のあの部屋はおれの歴史のなかで図抜けている。

■20『爛漫たる爛漫』 2012新潮文庫 + 『廻旋する夏空』 2013新潮文庫 + 『読み解かれるD』 2014新潮文庫で3分冊 → 『クロニクル・アラウンド・ザ・クロック』 2015河出書房新社で合冊
『爛漫たる爛漫』

 ドラムの乱打。
『廻旋する夏空』
 「――日曜日に――」
『廻旋する夏空』
 樋口陽介くんからのSOSが飛び込んできた晩――。

■18『たまさか人形堂それから』 ◆たまさか人形堂シリーズ2 2016文藝春秋 2016文春文庫 2022創元推理文庫(追加作品あり)
「香山リカと申します」

 「こればっかりは無理。わるいけど澪さん、電話してそう伝えて」
「髪が伸びる」
 店に下りていった私の顔を一瞥するや、/「化粧が濃い」と、うちの職人一号は相変わらず口さがない。
「小田巻姫」
 修理の依頼数や縫いぐるみの販売数には、波がある。
「ピロシキ日和」
 ジョンスコ人形を眺めるために出勤しているかのような冨永くんを、とうとう師村さんが叱り飛ばした――。
「雲を越えて」
 いつもの冷やかし留学生が去ったかと思うと、今度は思い詰めた風情の長身の女がカウベルを鳴らして入っていきて、/「ツカマエくん、こちらに顔を出していますか」とミオに尋ねる。

■19『音楽は何も与えてくれない』 (エッセイ集) 2014幻冬舎
 ※未所有

■21『ヒッキーヒッキーシェイク』 2016幻冬舎 2019ハヤカワ文庫
 ヒキコモリの対義語を考えてみる。

■22『エスカルゴ兄弟』 2016KADOKAWA 2018ハルキ文庫(『歌うエスカルゴ』に改題)
 「君は料理人としても立派にやってけるんじゃないか。(略)」

★他

■01『十二宮12幻想』アンソロジー 2000スクウェア・エニックス 2002講談社文庫
「玄い森の底から」

■02『エロティシズム12幻想』アンソロジー 2000スクウェア・エニックス 2002講談社文庫
「アルバトロス」

■03『血の12幻想』アンソロジー 2000スクウェア・エニックス 2002講談社文庫
「ちまみれ家族」

 「母さん、麗美、バンドエイド」

■04『たんときれいに召し上がれ 美食文学精選』アンソロジー 2015芸術新聞社
 ※未所有

■『五色の舟』近藤ようこが漫画化 2014ビームコミックス

■『金子國義 あなたは美しい』責任編集 2015Kawade夢ムック
 ※未所有

■『イルミナシオン金子國義』編集 2016バジリコ
 ※未所有


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