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わたしが結婚するはずだった日。そのに

結婚式まで2ヶ月きった、ドレスのサイズ合わせ2回目をしていた時だった。

衣装室の仕切りのカーテンの向こうで、恋人が何やら電話にでてるなと思ったけど、その口調は仕事関係者向けではない感じで、何だろなとわたしは片耳で聞き取りながら、半分の意識はぐいぐい締め上げられるコルセットに向けていた。

カーテンを開けると、通話が終わった恋人が、びっくりした様子で口をひらく。

「親父が交通事故にあって、これから緊急手術するって、おふくろが。」

そこから病院に駆けつけるまで、何をどんなテンションで喋ったのかは覚えてない。
向かう電車の中で気を紛らすために読んだ漫画は、話がまったく頭に入ってこなくて、何度も同じページをめくった。

幸いにも命に別状はないこと、しかし頭蓋骨の骨折治療と出血による脳の圧迫を取り除くために緊急手術が必要なこと、脳挫傷もあって後遺症がでる可能性もあることなどを、自分の髪を弄りながら喋るちょっとクセのある担当医師から告げられた。

土曜日の夕方の病院は、緊急外来以外を受け付けていないせいで人が少なく、静かだった。

3時間の手術が問題なく終わり、まだ心が不安になっているお義母さんと一緒に、恋人はそのまま実家に帰り、わたしはひとり帰路につく。

想像もしていなかった怒涛の今日一日を思い返して、お義母さんの気持ちを想像して、涙がでた。

聞けば、お義母さんとお義父さんはいつも何をする時も一緒にいる夫婦で、たまたまこの交通事故の時だけ離れて行動していたそうだ。
数十分前に元気だったのに、警察から電話がきて、車に跳ねられたと伝えられるなんて、心が追いつかないだろう。もしかしたらそのまま会えなくなるかもと不安で、命に別状はないとわかった後でも、起きたことのショックは消えないだろう。そんなの嫌だ、悲しすぎる。
わたしも恋人とずっと一緒に行動しているので、気持ちは痛いほど想像できた。

数日経って、意識が戻ったお義父さんがお義母さんにまず伝えたことが「息子夫婦の結婚式は、絶対延期させるな。俺は大丈夫だから」だったと聞いたとき、わたしはちょっと笑いながらまた泣いた。

そんなの聞いても、命の方が大切だからと、恋人とわたしは式の延期を決めた。しっかりリハビリして、もとの暮らしに戻ってからの様子を見て、余裕をもってちゃんと安心したかったからだ。万が一何かある方が、嫌だった。

ウイルス騒動がおさまらない社会の状況をみて、それまでにすでに2回延期していた後の、さらに延期。

でもわたしたちは正しい決断をしている。ぜったい、ちゃんと、正しい。
そう思っていないと心が擦れていくのがわかった。

誰も何も悪くなくて、しょうがなくて、わたしの何かに対する恨みは行く宛てがなく、ただただ自分の中に悲しみとして蓄積するだけだった。
負けねえぞこのやろうという気は起きない。打ちのめされていた。

受け入れて、息を止め続けているような時間が、過ぎていくことだけを感情をもたずに数えている。

終わりよければすべて良しと言えるだろうと、いつかに託すしか、ないのだ。

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前日譚
わたしが結婚するはずだった日。

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