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片岡飛鳥さんというフジテレビの帝王

こんにちは!!柿崎零華です!!いかがお過ごしでしょうか!

今回も自分の好きなテレビなどを語っていきたいと思います。

突然ですが、皆様はテレビスタッフに興味や視線が行った事はないでしょうか?

自分は将来の夢がコント作家や構成作家です。そのため最近になってから好きな番組をチェックするときは、必ず番組の裏方であるスタッフをチェックするようにしています。

一番勉強になったのは、やはり自分の一番好きな番組「めちゃ²イケてるッ!」です。

この番組は他の番組とかは特殊で、当時の番組プロデューサーからADなどを番組に出演させるという、凄く画期的な番組でありました。

それとか番組の企画会議とかでのノートを公開するという企画も放送されていて、自分そこからプロデューサーとかディレクターの方を調べるようになりましたね。特にめちゃイケのスタッフは、今でも人気番組を携わっている方もいらっしゃるので、よく調べてます。

今回はその中でも、「めちゃイケ」を作られた方でこの方を忘れてはいけません。フジテレビの帝王「片岡飛鳥さん」についてご紹介したいと思います。

この方は、携わる番組、ほとんどが「伝説」「人気」まで成長したことでフジテレビやテレビ関係者からは「業界の帝王」と呼ばれています。

片岡さんは1988年代にフジテレビに入社します。その理由は当時、明石家さんまさん・ビートたけしさん・島田紳助さんなど人気芸人などが出演し、TBSのザ・ドリフターズのコント番組「8時だよ全員集合」と対抗し、人気を博していた「オレたちひょうきん族」に憧れたからです。

すると、入社してすぐに「オレたちひょうきん族」のAD(アシスタントディレクター)として配属されることとなりました。

これは僕個人の意見ですけど、この出来事が無かったら「めちゃイケ」というのは出来てなかったと思います。この番組があり、さんまさん・たけしさんなどのコントを見て、学んだからこそ、この番組が出来たと思いました。

そしてのちにダウンタウン・ウッチャンナンチャンなどが出演した伝説のコント番組「夢で逢えたら」。タモリさんが司会で、お昼の代表的番組となった「笑っていいとも!」。ウッチャンナンチャン司会で期間限定でスタートしたコント番組「ウッチャンナンチャンの誰かがやらねば」など、フジテレビの人気番組でADを務めました。

ちなみに「笑っていいとも!」のタモリさんがお客さんに言葉を投げかけてお客さんが「そーですね」や、拍手を止めるときの「チャ チャチャチャ」は片岡さんが発祥だと言われてます。

そしてここから26年間続くメンバーとの出会いを果たします。その番組こそ「新しい波」という若手育成番組です。これは「お笑い8年周期」というのを掲げて、ビートたけしさん・明石家さんまさん・ダウンタウンさんは、共に事実上8歳差で、共に大物芸人まで上り詰めた人物のため、8年周期で人気になれる芸人を発掘しようと言うことで、この番組を立ち上げました。

この「新しい波」では、後のナインティナイン・極楽とんぼ・よゐこ・オアシズという「初期めちゃイケメンバー」が揃い、この片岡さんとの出会いを果たします。

丁度その時に大きな転換期が襲います。それは当時片岡さんがディレクターを担当していたコント番組「ウッチャンナンチャンのやるならやらねば」が不慮の事故により、打ち切りになってしまいました。当時かなり人気だった当番組が打ち切りになってしまったのは、恐らくフジテレビにとっても出演者・スタッフにとっても、かなり衝撃的な出来事だったと思います。

しかし、片岡さんの快進撃は止まりません。前述でご紹介した「新しい波」で選抜されたメンバーに、オアシズの大久保佳代子さんを外し、その代わりに当時吉本興業で「西の小泉今日子」と言われたお笑いタレントの本田みずほさんをレギュラーに起用して、始まったのが伝説の深夜コント番組「とぶくすり」です。

この番組は深夜にしては異例の高視聴率を獲得し、関東ローカルの放送でしたが、若者などに絶大な人気を誇る番組となりました。片岡さんはこの番組ではディレクターを担当されており、構成にはのちに「めちゃイケ」の構成担当となる、伊藤正宏さんが務めてました。

ちなみに極楽とんぼの加藤浩次さん曰く、片岡さんはかなり厳しかったらしく、「めちゃくちゃ飛鳥さんから怒鳴られてた」と発言していたほどです。

そして当番組は2年間続き、半年の空白期間のあと始まったのは深夜のトークバラエティ番組「めちゃ²モテたいッ!」です。

この番組で片岡さんは「監督」という担当で、ディレクターにはのちの「めちゃイケ」でディレクター→総合演出を務める戸渡和孝さん、ADにはのちの「めちゃイケ」ではディレクター・「はねるのトびら」では演出兼プロデュースを担当した近藤正広さんなど、「めちゃイケ」の主要スタッフとなる方々が担当していました。

そこから1年の放送を得て、始まったのが22年も続く、フジテレビの代表格番組にまで上り詰めたお笑い総合バラエティー番組「めちゃ²イケてるッ!」です!!

この番組では当初は「めちゃモテ」と同じ「監督」として担当していましたが、そこから演出・プロデュース・編集などの総合的な裏方の役割をする「総監督」として番組を盛り上げていきました。(のちに企画統括→番組を離れる→コンテンツデザイン→企画統括→総監督を担当されてました)

やっぱり、自分的には「めちゃイケ」=「片岡飛鳥」という感じでしたよね。片岡さんが作る「めちゃイケ」はかなり盛大で攻めてる企画が多かったので、1年近くかな、番組を離れることがあったんですけど、やっぱり片岡飛鳥さんがいないとなぁと思う部分もありましたね(個人の意見です)

その後2000年に再び、8年周期として「新しい波8」という若手育成番組を始めます。出演者の中にはチュートリアル・青木さやかさん・品川庄司・フットボールアワー・おぎやはぎ・劇団ひとりさんなど、今芸能界で人気を博している芸人さんなどが集まりました。

片岡さんはその番組で「監修・総指揮」を務めて、ディレクターには近藤正広さん・当時ADでその後「めちゃイケプロデューサー」となる明松功さん・中嶋優一さんが担当されてました。

その後、選抜されたキングコング・ドランクドラゴン・ロバート・北陽・インパルスの5組で始まり11年続いた。コント番組「はねるのトびら」です。

この番組では片岡さんは「監修」として、プロデュースには部下である近藤正広さんに任せていました。

でも凄くこれは成功したと思いました。「はねるのトびら」は若者や風刺をフィーチャーしたコントを放送し、若者から絶大な人気を誇りました。これはやはり「とぶくすり」と同じ感覚がするんですよね。

「とぶくすり」も意外と若者や風刺をテーマにしたコントから、パロディコントなどを放送したり、あまり余計な予算を使わない、深夜からスタートなど、とても2番組がリンクする番組でしたね。

しかし、快進撃はまだ止まらず、その後再びお笑い8年周期として2008年に、「新しい波16」を放送し、そこから選抜されたかまいたち・ニッチェなどで構成されたコント番組「ふくらむスクラム」→「1番スクラム」を放送しまし、片岡さんは企画構成・プロデューサーには中嶋優一さん、演出には当時めちゃイケディレクターの当麻晋三さんが担当し、始まりましたが、これは僅か1年で終了してしまいました。

これは「とぶくすり」「はねるのトびら」とは違い、大人向けやキャラクター重視コントや過激系のコントなどを放送してしまったため、あまり人気が得られなかったと自分は思っています。

でもその反面「片岡飛鳥さんらしいコント番組」って思いましたね。今回は「企画構成」として担当しているため、ほとんどの企画やコントは片岡さんが担当しているため、とても「めちゃイケ感」というか、片岡さんらしい企画が凄く多かったので、とても面白い番組でしたよね。

しかし、片岡飛鳥さんは負けてません。その後2010年に深夜から放送スタートし、ピース・ハライチ・平成ノブシコブシ・千鳥・渡辺直美などを起用したコント番組「ピカルの定理」が大好評で、若者から絶大な人気を誇りました。

片岡さんはこの番組では「企画構成」プロデューサーには中嶋優一さんと明松功さん、ディレクターにはのちの「スカッとジャパン」「新しいカギ」で演出を担当される木月洋介さんが担当されてました。

この番組はやはり「とぶくすり」「はねるのトびら」と同じ感じである、あまり予算を使わない・若者向けコント・風刺ネタ・パロディコントを放送したのもありますが、やはり片岡さんの腕の強さですよね。

当時若手だったピースなどを起用して、体の張ったコントや企画をするのは、凄く片岡さんらしくて、コントや演出も「めちゃイケ」「はねるのトびら」みたいな感じがして、なんか「めちゃイケ」ファンからすると、安心して楽しんで見てられる。そんな番組でしたね。

でもまとめて言うと、片岡さんはとてもテレビを愛しており、視聴者を大事にしている方だなと思いました。

この方の番組はどれも、体当たりや過激な企画やコントが多く、それは「コンプライアンス」とかはテレビに必要ないと、自分たちに必死に訴えており、視聴者は笑いが一番ということをメッセージにして、「めちゃイケ」などを作ったある意味、最強の方であり、帝王に相応しい、そんな方でしたね。

自分は片岡飛鳥さんをとことん応援し、感謝とそして尊敬の念を込めて綴らせてもらいました。

長いこと最後までご覧いただきありがとうございます。

柿崎零華でした!!

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