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77  「このまま旅を続けよう。」かっこちゃんへ

  子どものころ、僕は小鳥を飼っていました。
雛のときから手の中で餌をあげて、手乗りになった文鳥です。
可愛くて、朝起きると水を取り替え、エサをあげました。
左手の人差し指にとまらせて。

 学校から飛んで帰って、部屋の窓を閉め切り、鳥かごの入り口を開けて文鳥を放すのが好きでした。
ちょこん、と机に降りて、僕の指にとまる文鳥が大好きでした。

 ずっと毎日文鳥と遊んでいるうちに、文鳥が死んでしまったらどうしよう、という思いが頭の片隅に湧いてきたんです。
前に飼っていた十姉妹が死んでしまったことを思い出しました。
エサがなくなっていたのに気づかなかったんです。
小さな実の皮だけ残して鳥が食べるので、フッと息を吹きかけて皮を飛ばさないといけなかったのに、まだエサがあると思い込んでそのまま学校に行きました。
帰ってきたら死んでいたのです。
エサ入れの中は、全部皮だけでした。
 ごめんなさい、と泣きながら家の庭に埋めました。

 母は、二度と生き物なんか飼うんじゃありません、と言いましたが、
おばあちゃんが文鳥を買ってくれたのです。
きっと僕がとても悲しそうにしていたんだと思います。
その文鳥はたいそう僕になついていたので、前の十姉妹より可愛く思え、いなくなったら嫌だと思いました。
 死んでしまったらどうしょう、という思いが離れなくなってしまったのです。
もちろんエサには注意しました。僕の手から食べるから忘れることもなかったのだけど。

 かっこちゃん、僕はある日鳥かごの入り口を開けて、部屋の窓も開けて、学校に行った。
帰ってきたら、文鳥はもうどこにもいませんでした。

 大人になったら、文鳥が自然の中で生きられるはずなどないってことわかるけれど、
そのときの僕は、逃げるようにして「死」から目を逸らした。

 大好きな人を失う辛さは、何度味わっても慣れることなんかないね。
 それでも、僕たちは、生きている限り会いたい人に会えない経験をしてゆく。

  かっこちゃん、とっちんのこと忘れずにいようね。

 とっちんがこの世の旅路を終えて、命の世界に帰ってから、
ずっと彼のことを思い出してる。

 いつも静かに笑っているとっちん。

かっこちゃん、お寂しいことと思う。
僕たち、この世を生きる者は、先に行った大切な人のことを忘れずにいて、
先に行った仲間の人生を輝くものとして語り継ぐのが使命だとわかっていても、
やっぱり会えなくなるのは寂しいよ。
 忙しくするのがいい。
 なんだかんだやってるのがいい。
 
 とっちんとのクリスマス会、大雪の中各地から仲間が集まってくれたんだね。
みんながとっちんとの思い出を話して、お食事をして、「君に会いたい」や「満天の星」を歌ったんだ。
・・・こんなに優しい時間も、とっちんからのプレゼントなんだなぁ・・・と、かっこちゃんは、メルマガに書いていたね。

「満天の星 空を巡り
 白鳥座の十字を目で追って
 僕たち宇宙に浮かんでると
 あなたがぽつりとつぶやく

 あなたと私どうしてここに
 一緒にいられるのだろう

 銀河の流れ 指でなぞり
 宇宙のひとつでいよう」

 とっちんは、優しい心とはどんなものかを教えてくれたね。
 そして『しあわせの森』も残してくれた。
伝え続けていこう。
とっちんのように誠実に。
優しい心で。

 伊勢の中山靖雄先生がこんな話を聞かせてくださいました。

「誕生の誕という字は、うそ、いつわりという意味なのですよ。
 だから、うそ、いつわりの世界でさまざまな体験をして、
 やがて命の世界に帰るのです。
 その日を『命日』というでしょ。」

 一体僕たちはどこからやってきたのだろう。

そして、どこに行くのだろう。

何のために生まれてくるんだろう、どうせ死んでしまうのに。

 かっこちゃん、僕は何もわからない。
でもね、それはそれでいいと思う。
答え合わせは、最後の最後で。

 でもね、かっこちゃん、
僕は、どんな人も生まれる前に神さまと「約束」をしてきていると思う。
それが、その人が本来生まれてきた目的で、その約束の暗号が隠されているんだよ。
例えば、トルコのカッパドキアにある岩の家がそうだったり。
その暗号を解読するのが人生の楽しみなんだ。
解読するプロセスが楽しみで、人生の意味そのものなのかも知れない。
だから、人生相談をするとか、占いに頼るとかは、推理小説の犯人を聞くみたいなものだよ。

 僕は、かっこちゃんに出会って、心底宝探しが楽しい。
かっこちゃんはいつも冒険をし、宝を見つけるドラマを楽しんでいるもの。
僕もそうでありたいと思うから。
 この世の旅路がいつまで続くのか、それは僕らにはわからない。
でも、旅路に終わりがあることは旅を終えて次の世界に行った仲間たちが教えてくれた。
だからこそ、いのちの源から湧きあがる想いで生きていこう。
 それは、誰と競うこともなく、争うことも比べることもない。
 内なる情熱の炎は決して衰えることはないし、その想いは伝播するんだ。

 素敵な仲間が生まれ、サポートしてくれる協力者も現れる。

 自分の大好きなことをして、多くの人と分かち合っている人を、
神さまは貧しいままにしておくことなんてあり得ない。
もちろん、大金持ちでなくても豊かな人生さ。

 「しあわせの森」がアメリカにまで届いていったこと素晴らしいです。
世界の果てまで届けと祈る。

 かっこちゃん、今年ももうすぐ暮れる。
出会いと別れを抱きしめながら、旅を続けよう。
終らない旅を続けよう。
この魔法の文通のように。

 きっと小松は雪の中だね。

  雪の下で眠る種のように、やがてくる春を楽しみに待とう。

   またね、かっこちゃん。

            高仁

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