なぐごはいねーがー秋田

人間となまはげ共生の郷秋田にやってきた。

今日の目標はドバイで配りきれなかった林檎を配ることと、なまはげに会うこと。とりあえず喉が渇いたのでスーパーでお茶を買おう。

スーパーに入ると、普通にいる。8人にひとりくらいの割合でなまはげが。馴染んでるなー。しかも全然こわくない。白い卵にしようかちょっと奮発して赤にしようか悩んでるやつや、対面の人間とうまくすれ違えなくて「あっ あっ すみません」ってなってるのもいる。

「あんた、なまはげ観にきたんか?」
後ろから老婆に声をかけられた。

「はい。そうなんですがなんというか…
あ、これどうぞ林檎です。お近付きの印に」

唐突な林檎に少し戸惑いつつ「ああ、ありがとね」と受け取る老婆に思ってたのと違うことを伝えると、老婆はかっかっかと笑った。

「そりゃそうさ。テレビのアレはビジネスなまはげ、ここにいるのはオフタイムなまはげだよ」

おお、横文字となまはげのコラボ。
そっかあ、なまはげもずっと怒ってると疲れちゃうもんねえ。

「あの、ビジネスなまはげを見るには」
「ホームステイだね」
「でも日帰りで…」
「日帰りならあれよ、デイキャンプのホームステイ版、まあデイホームといったとこか」

急に漂う介護感。

「うち来るか?今日丁度孫が来ててね。せっかくだからなまはげでも呼ぼうかと思っとるんじゃ」

秋田県民はせっかくだから寿司のノリでなまはげを注文するらしい。孫もせっかくなら寿司の方が嬉しいと思うんだけどな。でも私としては願ったり叶ったりだ

「いいんですか?ありがとうございます!」
「そうと決まりゃあ夕飯は寿司をとろう。もちろんあんたさんの金でな」

せっかくだから寿司のほうもちゃんとやるんだ、私のお金で。ちゃっかりしてやがるぜ老婆。

それからは観光というより修行。畑仕事や溜まっていた力仕事を「若いのはなかなか来んから」とたらふく手伝わされ、それでもやっぱり寿司は奢らされた。しかも特上6人前。

労働量と比例してなまはげへの期待値は大きくなってゆく。ここまでして観るんだ、きっと大迫力に違いないぞ。

わさび抜きの美味しいお寿司も食べたところで、食卓にピリリとした空気が漂った。響く地鳴り、揺れる家具、点滅する照明。推定5歳の孫の目にはみるみる涙が溜まっていく。くるぞ、くるぞ…!

「なぐごはいねぇがぁあああああ」

きたーー!!生なまはげ!これこれ!

「「ぎぇあああ!!なまはげぇえええええ」」

私歓喜、孫号泣、老婆爆笑。

すると先ほどまでノリノリだったビジネスなまはげがすんと大人しくなった。


「前から薄々思ってたんだけどさ、ちょっとそれ失礼じゃない?」

どうしたなまはげ。

「まずなまってなに?生チョコのノリだけど全然かわいくもおいしくもないじゃない?んでいちばん許せないのハゲね。みて、わかる?!ふさふさ!a lot of hair!!失礼しちゃうわもう」

たしかに言い分としては正論だ。しかしなぜ今なんだ…労働と寿司の元が取れないじゃないか!喚けなまはげ!暴れろなまはげ…!!

「ではこちらも言わせていただきますが、」

おおおどうした孫、さっきまでの涙どこいった。

「『泣く子はいねぇか』と仰りますがね、僕つい数秒前まで『泣いてない子』だったんですよ。あなたの来訪によって『泣く子』に成り変わっただけ。そうこれはあなたの自作自演、すべてはあなたが元凶なんですよ。」

名探偵孫、鋭い。けど今じゃないんだ本当、頼むから別日にやってくれ。ドバイあたりから怪しかったが旅行記のくせに旅行記としての撮れ高最悪なのよまじで。秋田なのに今日きりたんぽすら食べてないし

私の願いも虚しく、すっかりなまはげムードは冷めてしまった。

「…あの、まあ林檎でも食べる?」

私が提案すると、慣れた手つきで老婆が林檎をむき、それを囲むように輪になって座った。

正座するなまはげと核家族.feat爺婆、それから私

「うまいな」

なまはげが沈黙を埋めるようにポツリと呟く。
仲直りしたいのか、孫はバツが悪そうに俯いたまま口を開いた。

「その、考えたんだけど、『なまら激しい』でなまはげとかなら、似合うのでは?」



テレビには映らないなまはげのはにかみ顔も、まあ悪くないかと思った。



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