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僕のそばに猫は来てくれない

『FlyFisher』2013年6月号掲載

魚がいるところには猫がいる。
管理釣り場には猫がいる。
そして釣り人は噂する。
猫が幸運を運んでくると。
なぜか猫がそばにくる釣り人は釣れるのだ。

僕も猫を飼っていた。
奴は普段は僕を相手にしないくせにエサが欲しい時だけ甘えてくる。いわゆるツンデレな奴だったが、そこが奴の可愛さであり憎めないところであった。
引っ越しをすることになり奴を引っ越し先に連れて行った。そして奴は居なくなった。
一日中探したが見つからない。
 翌日になっても奴は戻ってこなかった。慣れない土地で車に轢かれたか。内心諦めていた。

数日後、元の家に荷物を取りに戻ったとき、家の縁側で奴が何食わぬ顔で寝ていた。引っ越し先の家から5キロは離れているのにだ。車の通行量の多い大きな幹線道路を渡り、畑を抜け、林を抜け、一人で、いや、一匹でトボトボと元の家を目指し歩いている奴を想像するとなんとも言えない気持ちがこみ上げてきた。驚いている僕を見るなり、奴はいつものように猫なで声で体を僕の足にすりつけてきた。がらんとした家で寂しかったのか、それともただ単にお腹が空いていたのか。
僕は奴を抱き上げ、いつもよりやさしく、長い時間をかけて撫でてやった。
奴の名は「かくのしん」。僕が一番愛した猫である。

猫が登場する本、映画は数あれど、僕が無人島に猫と一緒に持って行きたい本はと聞かれれば、これを挙げる。
『夏への扉』だ。
言わずと知れた名作SF小説である。
オールタイムベストでも必ず一位にあがる傑作である。著者はロバート・A・ハインライン。
主人公ダンと愛猫ピートとの男の友情(?)と、タイムトラベルの過去の改変などを扱い、映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のような、爽やかなロマンスあふれる物語は何度読んでも飽きさせない。
これは猫好きでなくとも是非とも読んでいただきたい小説である。

それともう一つ、猫好きなら悶絶必死のシーンがある映画を紹介したい。ロバート・アルトマン監督の『ロング・グッドバイ』である。
原作はレイモンド・チャンドラーの『長いお別れ』。私立探偵フィリップ・マーロウが主人公のハードボイルド小説である。原作を大胆にアレンジしたことで賛否両論の本作ではあるが、猫好きにはそんなことどうでも良いのである。冒頭、深夜三時にお腹の空いた猫が寝ているマーロウのお腹に飛び乗りエサをねだる。起こされたマーロウは悪態をつきながらも猫を抱えキッチンへ。猫のお気に入りのカレー印の猫缶は空き缶だけで中身は無い。仕方なくマーロウは冷蔵庫にある物でお手製のエサをつくるも猫は見向きもしない。ブツブツ言いながら深夜のスーパーへ猫のエサを買いに行くマーロウの姿がとにかく愛らしい。
しかしスーパーでもカレー印の猫缶が品切れであった。店員は「他のでも大して違わない」と他の猫缶を勧めるがマーロウは言う「猫を飼ったことないな」と。
しぶしぶカレー印ではない猫缶を飼って帰宅するマーロウ。甘える猫をキッチンから閉め出し、猫が見てないところで買ってきた猫缶の中身を空になったカレー印の猫缶に詰め替え、猫をキッチンに招き入れる。猫の見ている前で他の猫缶のエサが入った偽のカレー印の猫缶を開けるフリをするマーロウ。そして猫の前にエサを置く・・・。

この冒頭のマーロウと猫とのやり取りだけで、猫好きは悶絶する。
猫好きは必見である。

魚のいるところには猫がいる。
管理釣り場には猫がいる。
そして釣り人は真実を知る。
猫がそばにくる釣り人は猫の幸運で釣れるのでは無い。猫は、釣れる人間=釣りの上手い人間を知っているからそばにいるのだと。

僕のそばに猫は来てくれないのである。

『夏への扉 新装版』
ロバート・A.ハインライン/著 福島正実/訳
ハヤカワ文庫 799円 ISBN:978-4-15-011742-9

『ロング・グッドバイ』
1973年 アメリカ
監督:ロバート・アルトマン
出演:エリオット・グールド

『長いお別れ』
レイモンド・チャンドラー/著 清水俊二/訳
ハヤカワ・ミステリ文庫 1,080円:ISBN 978-4-15-070451-3

『ロング・グッドバイ』
レイモンド・チャンドラー/著 村上春樹/訳
ハヤカワ・ミステリ文庫 1,132円 ISBN:978-4-15-070461-2

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