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『海賊と山と薬と。』

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 今日も船長に怒られた。自分では一流の海賊だと思っているのに、なかなか認めてもらえない。同じタイミングで今の船に乗るようになった奴は、いつの間にか船長の補佐役として出世した。俺が認められる日は来るのだろうか。

 悶々と考えていたら眠れなくなった。船室から外に出ると冷たい夜風が吹き抜ける。月の光が海面に水平線までの道を作っている。

 もう、この船を降りよう。

 月の道に誘われるように、俺の気持ちが決まる。この船に俺の未来は、ない。だから、ここからは船乗りとして一人で生きていく。道を選ぶことは、時に心を穏やかにする。
 深呼吸をして足元を見ると、甲板に小さな穴があった。フナクイムシだろうか。いつの間にか月は雲に隠れて、空の闇と海の黒さが溶け合っていった。

 翌朝、船長に昨夜の決意を告げた。驚いていたが、特に引き止めもなかった。俺はその程度の存在だったのだろう。仕方ない。気持ちが揺らぐこともないから、かえって良かった。

 そこからは航海の準備を始めた。俺には祖父から譲り受けた帆船がある。手入れをすれば、十分に走る立派な船だ。一人だから、航海にはそれほど必要なものもない、気軽だ。俺はずっと何かに縛られて海に出ていたのかもしれない。心が自然と踊るのを感じた。

 一週間後、俺の一人航海がスタートした。目指すは無人島。それも、新種の生物がいると噂されているヴァリアン島へ向かう。新たな生物を発見することで、俺の航海にも意味が出てくる。

 しかし、航海は困難を極めた。最初こそ、自分のペースで進めることにこの上ない幸福を感じていたが、いざ海が荒れ始め、思うように進まなくなった時、急に孤独が心の中を埋め始めた。一人って、きついんだな。でも、最初からつまずくわけにはいかない。俺は“一人”で生きていく。

 五日ほどの航海を経て、やっとのことで、浜辺にたどり着いた。GPSと電子海図を使用しながら慎重に進んできた。目指していたヴァリアン島に間違いない。

 夕暮れに照らされる船の錨をおろし、上陸する。すぐ先の森にはマンゴーのような果実がなっていた。経験則から危険性はないと判断し、あまりの空腹にかぶりつく。美味しい。夢中で食べ尽くした。

 腹も満たされ、砂浜を歩いていると、何やら紫色のいくつかの影、10cmくらいだろうか━━が、こちらへ近づいてくるのに気がついた……虫だ。
 鈍く光りを放ち、蜘蛛のような足を前後させて向かってくる。触角も長い。故郷の森でも、図鑑でも見たことがない。その接近の速度には鬼気迫るものがあった。

 薄気味悪くなり、急いで森の奥の山の方へ向かう。いつの間にか夜が降りてきて、フクロウの鳴き声も聞こえた。

「ここまで来れば大丈夫だろう」
 誰もいないが、声に出して言ってみる。

 あたりを見回すと、驚くことに古びた小屋があった。

「誰か、誰かいるのか……」
 いくつかの部屋を見ても誰もいなかった。そこかしこに生活の息づかいを感じる。間違いなく、少し前まで人がいた。机に近づくと何か光るものがある。隙間から入り込むわずかな月明かりに照らされたそれは、薬だった。

「こんなところに薬……。いったい誰が、なんのために」
 謎は深まるばかりだ。
 でも、ヴァリアン島を訪れた証として持ち帰ろうと思い、ポケットの中にしまいこんだ。椅子に腰掛けると、どっと疲れが身体を襲った。そのまま机に突っ伏すと意識が薄れていった。

 

 カサ。
 カサカサカサカサカサカサ。

 何かが身体をはいずる音で俺は意識を取り戻した。重たいまぶたをこじ開けると、腕に昼間浜辺で見た紫色の虫がうごめいていた。

「うわぁ」
 大きな声が出た。とっさに払いのけたが、なんだか脚も腕も熱い。めくりあげると、大きくれ上がっていた。心なしか、心拍数も上がっている。

 ──毒。
 これは、あの虫の毒なんじゃないか。今まで見たことない虫の毒。
 このままだと俺の命が危ない。
 どうする。どうすれば。どうしよう。
 慌てふためいていると、何かがポケットから転がり落ちた──薬だ。

 この薬を飲めば、助かるのかもしれない……。

 寝起きで突如混乱に陥った俺に考える力は残されていなかった。思いついたと同時に足元にあった薬を拾い上げ、一息に飲み込んだ。

 数秒後、身体が縮み始める。そして、手や足が変形していき、いつしか、俺の全身は紫色に変わっていた。月明かりに触角が光る。


 俺は“一人”じゃなくなった。

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