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「少女文学 第二号」刊行のお知らせ&神尾あるみサンプル

衣替えをしないまま冬がやってきてしまいました。
たんすの中はTシャツとエアリズムとくるぶしソックスしかありません。

そんなわたしのお寒いたんす事情はさておき、「少女文学 第二号」が! 出ます!

じゃーん!!

前回、晴海と青海をまちがえて反省したので、詳細は主催の紅玉さんのところでご確認ください。

第二号はファンタジー特集です。そしてやっぱり豪華執筆陣で、神尾は肩身狭く並ばせていただいています。
でも! よい物語を紡いだぞ、という気持ちなので、楽しんでいただければ幸いです。

どれも本当に、それぞれ素敵な世界であることは間違いなしです。

今回の二号も、一号と同じく通販の予定があります。
会場でご購入いただけると、わたくし神尾が吊し上げられ……いえ、たのしいたのしい居酒屋雑談小冊子がついてきます。(数に限りがあります)

小冊子については、いろいろつまびらかにされておりますが、えー、これから小説を書いてみようという方、書き始めた方などに勇気と自信を与えられれば幸いです……としか言えません。

もし手に入れられたら、まあ、楽しんでください。

では、こちらは第二号に掲載されている神尾あるみの小説、冒頭サンプルでございます。
扉絵はゆき哉さんに描いていただきました。けだるげな魔女、最高じゃないですか? 後ろで一本に結んでいる青年、好きです。

11月24日は、コミティアであいましょう!!

◇◆◇
「ラピスラズリの心臓 ~僕の魔女にやさしい涙を~」

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 少年が売り出されたのは、薄曇りの、微小の雨粒がふわふわと舞っている日のことだった。
 街外れの廃墟の屋根は朽ちてなくなっていたため、屋内とはいえ、少年の裸体はすっかり湿って冷え切って、石のように硬くこわばっていた。
(このまま、ほんとうに石になれたらいいのに)
 昨夜ぶたれた背中はじんじんと熱を持ち、鉄の拘束を巻かれた足首は冷えてとうに感覚がない。
 買い手の男たちが、貧相な躰に見合った値段を口々に投げてくる。不機嫌そうな人間たちの声を聞きながら、淡く光を落とす空を見上げていた。
 だから、破格の値を告げた声の持ち主が誰なのか、少年はすぐにはわからなかった。その声は他のどの声とも違い、透き通って、無色で、なにも含むもののない、ただの音でしかなかった。
 なにもない。音。雨粒のような。意志のない。

 彼を買ったのは、美しい魔女だった。黒い服、黒い髪、肌だけが白く。いかにもといった姿の魔女。

 私には、心がないゆえに。

 人里はなれた森のふちにぽつんと建つ、広くもなく狭くもない、二人で住むにはほんの少し手狭な家に着いたとき、魔女は少年にそう告げた。

「おまえのかなしさとか、つらさだとかを、私にわかってもらおうなどと思ってはならない。あわれみを期待してはいけない。なにか望みがあれば、具体的にどうして欲しいか言ってくれ。正しいと判断すれば、なるべく要望はきく」
「心がないというのは、どういうことですか」
「そのままの意味だよ」

 少年に望みなどなかった。空っぽだ。
 この世界に期待することなどひとつもない。自分からすべてを奪い、うち捨てた世界。
 神はいない。悪魔はきっといるだろう。

 人里はなれた森のふちにぽつんと建つ魔女の家で、少年はなにかを命じられるのを待ちながら、息を吸い、吐いて、寝て起きた。
 幾日たっても魔女はなにも命じなかったし、なにも強要しなかった。意味もなく叩かれることもなければ、ベッドの上で蹂躙されることもなかった。思考を踏みにじられることも、勝手に決めつけられることもなかった。
 魔女はただおなじ家で寝て起きて息を吸っている動物で、しだいに存在は空気のようになっていった。

        ◯

 腹が減ったらそこいらにあるものを食べて、眠くなったらそこいらにあるものにくるまって寝た。
 魔女の家の裏手には森が、隣には小川が流れていて、見渡すかぎり人家はなかった。小川に映った自分は様変わりしていた。落ちくぼんだ目ばかりが大きく、ぎょろりとしていた。栗色だった髪は色が抜けて、白くなっていた。

 少年は日がな一日ぼうっと庭を眺めて過ごしていた。そこは本当に庭なのか、それとも周りの草地が庭のような顔をしているのかわからない代物だった。柵もなにもないのだけれど、どういうわけかその敷地だけ、異様に草花が繁茂していた。
 伸び放題になっている雑多な草花に寄ってくる鳥や虫を見ながら、ぼんやり陽の光を浴びて過ごした。
 躰の傷は癒え、浮かび上がっていたあばらは薄い肉に埋もれていった。

 魔女の活動時間には法則性がなかったため、おなじ家に住んでいても顔を合わせることはまれであった。
 たまに出くわすと、決まってすこし意外そうな顔をした。まるで、なぜそこに少年がいるのかわからないというように。
 わずかに遅れて「そういえば自分が買ったのだった」と思い出すのか、わずかに息を吐いて魔女は少年を見つめるのだった。観察するような目で。
 魔女の瞳は黄金の色をしていた。

「僕になにか、命じないのですか?」

 あるとき、観察する魔女の目を見つめ返して尋ねた。魔女に買われてひとつの季節が巡ったころだった。
「あなたは僕に、けっこうな金を払った。それなのに、なにもさせないでいる」
 魔女の黄金の目がじっと少年を観察し、やがて思い至ったように瞬いた。
「なるほど。なにか仕事が欲しいんだな」と、ひとつ頷いて、「人間としてそれは当然のことだ」まるでなにか偉大な発見をしたように付け加えた
「おまえはいったいなにができるんだ?」
「教えていただければ、たいていのことはできると思います」
「それなら」魔女はくるりと辺りを見回して、開け放たれた裏木戸の向こうに目をとめた。「庭を整えるという仕事はどうだ。報酬は作業が済んだら払うから」
「……僕は、あなたの持ちものです。どう使おうとあなたの自由のはず」
「私はおまえを所有した覚えはない」
「買ったではないですか」
「私は、私が支払ったものの対価は勝手に受け取っている」
「なにを?」
 魔女は答えるかわりに微笑んだ。心のこもっていない、口の両端をつり上げただけの笑顔だった。

        ◯

 庭仕事はいくらでもやることがあった。日が出ているうちはずっと、日が沈んでからも可能なかぎり作業を続けた。
 まばゆく生い茂っていた草花を容赦なく引っこ抜いて、集めて、燃やし、なにもなくなった土を耕した。
 日を浴びた土がこんなにあたたかいなんて。
 ほんのすこし耕しただけで、鍬を持つ手がまめだらけになるなんて。
 知らないことばかり。

 あたりをすっかり平らにしてしまうと、板切れで簡単な柵をつくり、魔女が用意した苗を植えつけた。知っているものもあれば、見たこともない植物もあった。
 魔女の仕事で使うものらしく、庭で収穫できたら作業が楽になると言うことだった。
 肥料もやっていないうちから苗は面白いほどよく育った。まるで、土に意志があるようだった。
 魔女の仕事は、ふたりが生活するのに足りる程度に繁盛しているようだった。
 人が訪ねてくることも、魔女が出かけることもあった。家を空けたまま何日も帰ってこないことも。

 その気になれば、いつだって少年は逃げ出せた。そうしなかったのは、逃げ出してもどこにも行く当てがなかったからだ。だから黙って庭仕事を続けた。逃げるなら、約束どおり報酬をもらってからでも遅くない。
 そんなふうに季節をひとつ巡らせたころには、魔女は少年がいることに慣れたようだった。姿を見つけても驚かなくなったし、向こうから声をかけてくるようになった。
「だいぶ育ってきたじゃないか」
 庭の様子を見せると、魔女は微笑みのかたちに顔を歪めた。
「あちらの一種はあいにく枯らしてしまいました。申し訳ありません」
 ほかのものが青々と育っているなか、その一種だけはしおれて頭を垂れている。原因はわからなかった。
「ああ、あれは市場でも高い。きっと、育てるのが難しいんだろうな。いいさ、ほかのものが収穫できるようになったら、報酬とはべつに褒美をやる」
「どうしてですか?」
「すべて枯らせてしまっても、決めた報酬は払うつもりだった。よく育てても額がおなじというのは、おかしいのでは?」
「そういうものですか?」
「それが人間というものだろう? 仕事をして、対価を得る。求められた以上に果たせば、褒美が出る」
 そうやって生きているのだろう、と。あまりにも正しいことを魔女が言う。
「まちがっている?」
「まちがっては、いないと思いますが」
 それならよかった、と魔女が笑むので、少年は黙ることにした。魔女がいうような「人間」には、出会ったことがなかったけれど。

        ◯

 そろそろ収穫できそうだというある日、裏木戸をくぐった少年が目にしたのは、めちゃくちゃに踏み荒らされた庭と、壊れた柵に足を引っかけた一頭の牝鹿だった。
 後ろ足を挟まれたのか、鹿はどうにも身動きできないようだった。
 気づいたら草刈り鎌を拾っていた。両手で握り、振り上げる。そして、牝鹿へ駆けた。
 鹿の頭めがけて力任せに下ろした鎌は、次の瞬間なにか硬いものにぶつかり止まった。
 目を開ける。鹿がいない。真っ暗だ。
 暗い、と思ったのは、目の前の人間が黒い服を着ていたせいだった。
 顔を上げ、そこに魔女の顔を見て。そして。
 握った鎌の先が、彼女の心臓のある場所に突き立っているのを見た。
 躰中の血が、凍る。
 そして弾けた。
 喉を裂いてほとばしったのは、自分の悲鳴。
「大丈夫だよ。よく見てごらん」
 魔女の手がそっと鎌をつまみ上げる。刃先が傷つけた肌からわずかな血と、青い石の欠片が落ちた。
 心臓があるべき場所は裂け、青いきらめきがこぼれている。そこにあったのは、人間の心臓ではなかった。おさまっていたのは青く透きとおった鉱石だった。
 魔女は砕けた石の欠片を拾い、差し出した。こわばった手をなんとか動かして鎌を土に落とすと、その青い鉱石に手を伸ばした。
 石はまだ生あたたかく湿っている。
「言ったろう。私には心がないと。心臓の代わりに、これが埋まっている。この石が脈打つことはないし、多少欠けたところで問題はない」
 手の上で、魔女の心臓の欠片はぬくもりを失っていき、少年の血はゆっくり巡りはじめた。
 夕暮れを引きずった、明るい夜空を閉じこめた石。金色の筋が、流れ星のように光っている。
「さあ、顔をお上げ、止めて悪かった。目をつむって振り下ろしたのでは自分を傷つける。殺すなら、ちゃんと狙いなさい。首のところだよ、蹴られないように、こちらから」
 魔女の指先が、牝鹿の首の、太い血管がある場所を示す。鹿はもう観念したかのように動かず、黒い瞳に自分たちを映しているばかりだった。
 さっきまでの激情は、もうどこを探してもなかった。
「すみません。鹿は逃がします」
「咎めているのではない。殺したければ殺していい」
「殺したくありません」
 後ろ足を捕らえていた柵を引き抜いてやると、鹿は勢いよく森へ駆け去っていった。

 順調に育っていた植物たちはなぎ倒され、踏み潰され、いくらか食い残された新芽は、陽光を浴びてきらきら輝いていた。
 魔女がこちらをじっと見ているのが感じられた。あの、観察するような瞳で。
 彼女に背を向けたまま口を開いた。自分がなにを言うのか知らないまま。
「うんと小さいころ」不意によみがえった記憶に眼裏が焼かれる。「犬を拾ったんです。拾ったというか、隠れてえさをやっていただけですが。汚くて、痩せて貧相な犬でした。後ろ足を怪我していて、仲間もいない、みすぼらしい犬でした」
 その哀れな様子に同情したわけではなかった。いっそ憎らしいほどだった。
 己の力だけで生きていけないその生きものが。誰かのほどこしにすがらねば、明日の命もままならない惨めな生きものが。
「えさをやり始めてどれくらいだったか。雨が降りそうだったので、囲いを作ってやろうと思ったんです。道具を持って行ってみたら、犬は殺されていました。ちょうど、本当に、この庭みたいに、ぐちゃぐちゃになっていたんです。山犬にでもやられたのかと思っていたんですが、館に帰ったら、血と土を洗い流している兄が僕を見て笑ったんです」
 腹ちがいの兄だった。領主である父の後継者として育てられている存在だった。
 少年は妾腹で、おなじ館に住んではいるものの、兄とも父ともろくに顔を合わせたことはなかった。
「自分が兄を差し置いて領主になりたいなんて思ったこともなかった。兄はそう考えなかったようで、僕を殺そうとしました」
 どこかよそで殺してこいと命じられた下男は、小遣い欲しさに殺さず売るほうを選んだ。
 人買いが払ったはした金が、自分の価値だった。
 いくつかの街を人買いとともに流れているあいだに色々なことがあった。
 人間の心を殺す方法には、なんと様々なやりようがあるのだろう。よくそんなに思いつけるものだと感心さえした。周囲の人間はそれぞれの方法で少年の心を殴り、蹴り、食い散らかしていき、すっかり殺されきった状態でここへきた。そう思ったのに。
「不思議です。まだこんな感情が残っていたなんて」
 庭を荒らしたあの牝鹿を、殺そうと思うほど憎むなんて。兄にはなにひとつ抵抗できなかったというのに。
「新しい苗をもらってくるよ」
 魔女が言った。やわらかく響く声で。
「うまく育てたら褒美におまえの兄の命をやろう。命には命で。彼が犬にしたような方法で殺してやる」
 ふり返って確認すると、魔女は笑っていた。かなしい顔をしようか迷った末に辿りついたような、妙な笑顔だった。
 魔女は少年をはげまそうとしているらしかった。
 彼女に少年の気持ちはわからない。青くつめたくきらめく心臓の持ち主には。
「兄の命などいらない」
「それなら、おまえを売った下男にするか」
「もっとどうでもいい」
 魔女は口をつぐんだ。それ以外には思いつかないようだった。
「なぜ僕を買ったのですか」魔女の心臓の欠片を手の中に転がしながら尋ねた。「なんのために?」
「人間になるため」
「人間?」
「空っぽのおまえが、どんなふうに人間に戻っていくのか見たかった。おなじようにしたら、私も人間みたいになれるかと。……奴隷商人に引かれてきたおまえは、わたしに似ているように見えたから」
「僕は、あなたの……手本になれるような、そんな人間じゃない」
 それはたいした問題ではない、と魔女は言った。心臓の欠片を返そうとすると、捨てていいと言うので。
 少年は手のひらにおさまる青い石を懐にしまった。
 魔女がじっと自分を見ているのがわかった。その視線が、こわかった。


(続きは「少女文学 第二号」にて)


ヘッダーイラスト☆さま



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