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契約社員菜々子の災難

 初めまして。松崎菜々子です。やっと最近仕事につけたんですよ。まあ契約社員ですけどね、てへへへ……でもこの仕事うまくこなせば、正社員にもなれるかもなんです。だから頑張らないと。
 仕事は電気シェーバーのレポーター。ほら、朝出勤する人に電気シェーバーを試してもらうあのCMです。
 あ!早速お一人いらっしゃいましたので、お仕事スタートです。
「あのー、ご出勤の途中で申し訳ありません。フラウンの新製品を試していただきたいのですけれど、よろしいでしょうか?」
「え? 電気剃刀?……いいけど 俺あまり髭伸びない体質だしなんだけど」
「ぜひ当社のシェーバー試してみてください」
「まあ……いいけど」
 やった! うまくいった。さい先いい感じ。
 ――ウィーン……
「へえ、音静かだね」
「そうなんです。それも新製品の特徴の一つなんです」
 その人は顎あたりに丹念にシェーバーをあてていく。
 いい感じ、いい感じ。
「それではどのぐらい剃れたか見ていただきましょう」
 ――トン、トン
 あれ? なに……? どういうこと?
「なんだ……全然剃れてないじゃん。やっぱり朝剃ったばかりだったから無理なんだよ」
「そ、そんな……もう一度試してくれます?」
「やだね。これ以上やったら肌痛んじゃうし。そうだ君やってみたら?」
「え? 私? だって私は」
「いや何も髭じゃなくても髪でもいいんじゃない?」
「え? だってだって私の髪せっかく綺麗に胸のあたりまで伸びて……
 ってスタッフの人たちそこで何を準備してるんですかー!」
 杉山さんはなにか片手に道具持って私に近づいてくる。
 なに? え? ちょ、ちょっと、まさか……
「く、倉木さん、あの……え? なに私に刈布かけてるんですか? ひ、ひゃ! 新藤さーん、なんで霧吹きで髪濡らしてるんです。え、え、え、え、あの、ひょっとして、まさか?」
 ブィーン……
「え? 私の髪が長いからとりあえずバリカンで短くする? そーですね。シェーバー試すにはある程度短くしないと……ってなんで私が!」
 ジー……
 あ……私の額にバリカンの刃が近づいてくる。あ、も、もうだめ……
「お、お……お、おかあさーん!」
 ジー……ジョリジョリジョリ……バサ、バサバサ……
「ひぃ! いやあ……いやあああ」
 ジィージョリジョリジョリ……
 あ、ま、ま、前髪がー。
 今度は耳元でバリカンのモーター音が大きく響く。
 ジョリジョリジョリ……
 あ、あ、あ、あ、あああ……切った髪が肩に当たる……ひ……反対側の方にも……
「ひぃ! う、あ、ああ、あああ……」
 後ろの方でバサ、バサってすごい音が響く。
「うん。ちょうどいい長さになったじゃないか。それじゃあ試してもらおうか」
「は、はい……」
 私は半ばやけになって電気シェーバーを手に取る。
 スイッチをいれ、私は一気にシェーバーを自分の頭に当てる。
 頭にひやりと鉄の感触がしたかと思うと、鈍い音をたてる。
「ひ……あ……」
「どんな感じ?」
「痛くないです。つ…冷たくて……頭に振動が伝わって……な、なんだか変な感じです」
 ジャリジャリ……ジャリ! ジャリジャリ……ジジジジ……
「おー! すごい、すごい! 綺麗に剃れてるよ。いやー、すごいなー」
 すっかり剃り終えると、男の人は私の頭を見て何度も感嘆の声をあげる。
 バリカンで切られた後もスースーと頭が涼しくなったけど、さっきよりさらに頭が寒々
しく感じる。私の頭どうなってるのー?
 スタッフの新藤さんがおもむろに手鏡を差し出した。私は手鏡をゆっくりと覗き込む。
「……! な! な、なに……これ……う……そ……。髪どこいっちゃったの? いや……いやあ……こんなのいやあ。もうお嫁にいけないよー!」
 男の人は新製品のシェーバーのヘッドカバーをはずし、白い台紙に二、三度軽くたたく。
 ――トン、トン
 白い台紙におびただしい黒い粉末が広がる。
「へー、結構剃れてるじゃない。うん、うん。気に入ったこれ買ってみるよ」
 新製品気にいられたのはいいけど、私はこの先どうすればいいのー?
 ヒーン……

     ――終わり

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