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一グラムの幸福

<6>一グラムの幸福

きらめき公園の桜が満開になった頃詩織の髪はようやく肩の上まで届くほどの長さにな
った。
 その髪が散った桜の花びらのように春風に小さくもてあそばれる。
「なんだかあっと言う間だったね」
 詩織は甘えるかのようにコウの傍らに寄り添う。
「ああ。終業式も遠い昔のようだよな。
 詩織の髪も伸びたし」
「結構気を使って伸ばしてるから時間かかちゃって。元に戻るまでまだまだかな」
「俺元の長さに戻るまでちゃんと待ってるから」
 コウは半ば強引に詩織の体を抱き寄せる。
 詩織は幸せそうにコウの胸で小さく頷く。

春休みに入っているきらめき高校の校庭で意外な光景をコウ達は目にした。
 あの伝説の樹の下で好雄と七穂の姿があったのである。
「お、おい! 詩織……」
「やだコウ。知らなかったの? もう鈍いんだから」
 コウは「そうか」と言ったきり二人のことは触れることはなかった。
 帰り際二人はこの春から通うことになる大学へ寄ることにした。
 広いキャンパスは桜色に染めてコウ達を出迎える。
「コウ……私ね、今幸せなんだ」
「ふーん。どのくらい?」
 詩織はキャンパスを眺め思わせぶりに一考した後、「一グラム!」とポツリと答えた。
「へ? たった……一グラム?」
「そう。一グラム! だからもっともっとコウに幸せにしてもらなきゃ」
 今はほんの一グラム。でもこれからもっと増えていくだろう。
 詩織はやがてそっとコウの肩に頭を預ける。
 コウは幸せそうに微笑む詩織を優しく包み込んだ。
 詩織とコウは今一グラムの幸福を十二分に味わっていた。

――完

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