~デンマークとクレセントロール~ ⑩地蔵盆

 夏休みも終盤になるころ地蔵盆がある。お地蔵さんの前に畳の台が設えられ、テントが張られ、もうすぐ地蔵盆がやってくることを知る。当日は菓子やジュースやビールが供えられ、各家がお地蔵さんの前に提灯を吊るしにやってくる。提灯の中心にあるろうそく立てに小さなろうそくを差し火をつける。それから提灯の蛇腹をそーっと伸ばして、ぶら下げる。あたしは、いつもろうそくの火が提灯に燃え移らないかと、ドキドキしながらそれをする大人の手元をじっと見たものだ。近所のお寿司屋さんの夫婦には子どもがいない。おばさんは、”かっかちゃん”という市松人形のような顔の白いおかっぱ頭の人形を可愛がっていた。”かっかちゃん”は体長は腹話術の人形ほどの大きさはあり、おばさんは地蔵盆になると“かっかちゃん”に白地に赤い金魚の模様がはいった浴衣を着せ、“かっかちゃん”の名前が入った提灯をぶら下げにやってくる。おばさんに抱っこされた“かっかちゃん”はどこかしら笑っているような顔で、あたしは目を合わさないようにしていた。あたしたちは「”かっかちゃん”にはぜったい魂、入っとおで」「去年より髪、長いで」と囁きあった。
 地蔵盆の日は、子どもたちは早目にお風呂屋さんに行きお菓子をもらいに回る。回る範囲は学校の区域となる。あたしの住む町はその区域の中でも一番端っこだったので、同じ区域のお地蔵さんに行くよりも隣の区域の方が近かった。でも、その隣の区域がちょっとコワい区域なのだ。
 「あそこの地蔵盆は派手や」
 「よその子には、お菓子くれへんらしいで」
と、大人たちが話しているのを聞いたことがある。学校では「M小学校の前を通った6年生の上級生が喧嘩を売られた」とか「あの辺歩くときには目ぇ、合わしたらあかん」といったうわさが流れていた。それに地蔵盆となると「地元意識」が高くなる。近所の結束力が上がるというか、普段はあまり出てこないお父さんやおじいちゃんも、夕涼みがてらにビールを飲んだり、お母さんたちは子どもの接待をしながらおしゃべりに興じ、「地元愛」が強調される。実際、自分の住んでいる地域もそんな感じになる。
そんなわけで、近いけど隣町には行ったことがなかった。でも、ある年の地蔵盆にその結界を破った。お菓子が欲しいというものあったけど、コワいもの見たさの好奇心もあった。完全アウェイ。「よそもん」オーラ満載。
お地蔵さんの近くに行くと、案の定、接待のおっちゃんやおばちゃん、子どもがワイワイとやっていた。あたしたちは一瞬気が引けたけど何食わぬ顔で列の一番後ろに並んだ。前に並んだ子はバンバンお菓子を入れてもらっている。あたしもお菓子を入れてもらう袋の口を開けて待っていると、たばこをくわえたおっちゃんが煙に目を細めながら、
 「はい、どうぞ!」
と、言って二つ三つお菓子をポンポンと袋に放り込んでくれた。もらった後、袋の中身をみんなで見せ合っていると、おばちゃんが
「あんたら、アップル飲むか?」
と聞いてきて、人数分のアップルの栓を抜いてくれた。あたしたちは地元の子たちに交じって台に座り、アップルを飲んだ。誰もあたしたちのことを気にも留めてないし、メンチを切ってくる子もいなかった。気を良くしたあたしたちはほかのお地蔵さんもいくつか回って戦利品でいっぱいになった袋を携えて帰った。
地蔵盆の夜は長い。子どもも大人も集まってきて、ビールを飲んだり、お菓子を食べたりしながら過ごす。日が沈んで電球の光が灯り始めると誰かが
 「盆踊り、踊ろか」
と、言った。
 「踊ろ、踊ろ」
レコードプレーヤーや民謡のレコードを持ち寄って、近くの家から延長コードで電気を引っ張り、即席盆踊り大会が始まった。持ち寄ったレコードは”盆踊りザ・ベスト”みたいな感じで、”鉄砲節”に”どんぱん節”、”炭坑節”に”河内音頭”などなど。狭い路地で大人も子どもも、みんなで輪になって踊った。合いの手を入れ、振りを知らない人も見よう見まねで踊る。祀られているお地蔵さんの前で踊るみんなの影が大きくなったり小さくなったりして揺れる。みんなの顔が電球に照らされ、てかてか光っていた。みんなが笑いはしゃいでいた。
夜も更けてくると、散々踊って堪能した子どもが、一人、二人と家に帰っていき、レコードも鳴らなくなった。
「ほな、そろそろご詠歌あげて、終わりましょか」
と誰かが言って、ご詠歌を唱えるおばさんたちが準備を始めた。母に
「あんたらも、先に帰って、もう寝なさい」
と言われ、後ろ髪を引っ張られる思いで家に帰った。寝間着に着替えて、蚊取り線香をつけて姉と二人で布団に入る。
チーン、チーンというお鈴の音と母たちが唱えるご詠歌が夜風に乗って聞こえてくる。あたしは目を閉じてお地蔵さんの前で母たちがご詠歌を唱えている姿を想像する。提灯の灯が静かに灯っている。楽しかった夏休みももうすぐ終わる。

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