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高地トレーニングや順応ついて


今年は国内でも海外でも高地にたくさんいた。8月にはヨーロッパアルプスでモンブランなど4000m級の山をいくつか登って今まで経験したことのない苦しさを体感できた(単に高山病?w)。山岳競技ではどれだけ標高に身体を順応できるかがパフォーマンスに直結するのでしっかり理解したいと思い本や論文を読んだ。なるほどがたくさんあったので自分なりにまとめてみた。

高地トレーニングの効果

高地、つまり低酸素状態でトレーニングすると血中酸素濃度の低下を引き起こす。すると腎臓でEPO(エリスロポエチン)が作られる。EPOは造血作用のあるホルモン。骨髄に作用して赤血球を増やす働きがある。ちなみにEPOを体外から取り入れるのはドーピング違反でかつてのツールド・フランスで蔓延していた薬。それほど効果が高いということ。

高地トレーニングの注意点

ただし、EPOが作られても赤血球の元となる鉄分が体内に不足しているとその効果は得られない。体内の鉄分の6~7割は赤血球として血液内に存在する。残りの2~3割がフェリチンという形で肝臓に貯蔵してある(貯蔵鉄)。フェリチンが少ないとEPOが増えても赤血球が作れない。高地トレーニングの恩恵を受けられないどころか、フェリチンが低い状態で高強度トレーニングを行うと鉄をより失って貧血になってしまう可能性がある。高地合宿の前や合宿中では鉄分を積極的に摂ってフェリチン値を高めておくことが重要。フェリチンの基準値は文献によってバラツキがあるが男性だと20~250ng/ml、女性だと10~80ng/mlくらい。アスリートはもっと高い基準で見た方が良さそう。高地合宿前の検査で200ng/mlと最も高いフェリチン値を示した男性選手は高地トレーニング後のパフォーマンス上昇率もヘモグロビン値の上昇も最も高かった。

標高は高い方がいいのか

高地トレーニングによる人体への効果を理解すると、標高が高い方がよりEPOが作られて効果が高くなるのではと思う人もいるかも。私もそう思った。ただ一般的には2000m~2500mくらいで行われることが多くそれより標高の高いところでは行わない。理由の1つは3000m超えるような高地では高山病のリスクが高いこと。低地で生活する日本人が準高地(標高1500m~2500m)を飛ばして3000mを超えるような標高でトレーニングをすれば順応する前に高度障害を発症してしまう。呼吸器系や血液の順応には数週間を要するためさらに標高の高い3000m〜4000mで合宿を行うには少なくとも数ヶ月のスパンで考える必要がある。一般的に高地に行けば行くほど生活や練習環境も制約を受けるためあまり現実的ではないのかもしれない。もう1つの理由は、パフォーマンスの低下が大きすぎてトレーニング強度が低くなってしまうこと。例えば平地ではキロ3分でインターバルができても高地だと3分20秒でも苦しくなってしまう。高地に行けば行くほどペースダウンは大きくなりレースペースで走る感覚が失われていってしまう。
そこで近年、「リビングハイ・トレーニングロー」というスタイルが流行っている。トレーニングは低地で行い生活や睡眠は高地で行うというもの。高地合宿中に質の高いスピードトレーニングを行えないというデメリットを解決する手段。高地順応はより長い時間、体を低酸素状態に暴露することで順応が進むので平地で生活し高地でトレーニングするより高地で生活し平地でトレーニングする方が効果的である。ただしスカイランナーは別。他のスポーツと違い競技自体を高地で行うのでリビングハイ・トレーニングハイが望ましいと考える。高地でもどれだけパフォーマンスを落とさずペースを維持できるかが鍵。

睡眠時は注意

身体の酸欠状態を示す値が動脈血酸素飽和度(SpO2)。血中のヘモグロビンがどれだけ酸素と結合しているかを示す値。健康な人で平地にいる場合95%以上が正常。平地でいくらハードな運動をしてもこれを下回ることはない。高地になればなるほど低下していく。高地トレーニングとしては90%を目安に行うのが良いとされている。実は高地では安静時よりも睡眠時の方がSpO2は低下する。これは安静時(起床中)は低酸素状態への反応として無意識に呼吸量を増加させているが、睡眠時はそのスイッチがオフになってしまい平地と同じ呼吸になってしまうため。標高4000mを超えるような環境では運動時よりも睡眠時の方がSpO2が下がるケースも報告されている。そのため高山病予防やなってしまった時には寝て休むのではなくなるべく起きていて呼吸の深い状態をキープする方が良い。

高地順応の種類

低酸素状態への身体の反応はたくさんある。数分〜数日で起こる変化は反応と呼び、心拍数や呼吸量の増加がこれにあたる。
数週間〜数ヶ月スパンで起こる体内の変化は順応と呼び、アスリートが行う高地トレーニングはこれが目的。ヘモグロビンの増加、毛細血管の発達など。順応がうまくいくと初期に起こっていた反応は落ち着き心拍数や呼吸量は平地にいた頃と同じようなレベルまで安定する。低酸素状態に身体が慣れていき高地トレーニングがうまくいっている証拠。
数年〜あるいは数世代にかけて起こる変化を順化という。これは遺伝子レベルで高地に慣れること。低地に暮らす人種とは違ったシステムを体内に生み出すのはもはや進化の過程。アフリカやチベットの民族が強いのは何世代にもかけてその仕組みを手に入れたから。

高地では呼吸法が大事

低酸素状態への身体の最初の反応は無意識で呼吸量増加。要は息が上がった状態。無意識の意識的に深い呼吸を行うことで体内の酸素欠乏をより改善することができる。
著書「」に書かれている著者の実験によると4000mの低酸素状態で80%まで低下したSpO2を意識的に深呼吸をすることで95%まで回復させることができた。これは酸素ボンベと同じくらいの効果。驚くべき!また深呼吸と腹式呼吸でも効果に違いがある。深呼吸のほうがSpO2の回復に効果がよりあるが換気量の増加も大きいため長くは続かない。換気量が多いと体内の二酸化炭素が失われすぎてめまいやしびれに繋がる。腹式呼吸では換気量の増加はそこまで大きくないものの十分なSpO2の改善が見られるためこちらの方が有効と言える。

感想

富士山は酸素が薄くてきついってイメージがあるが世界に目を広げるとチベットやアフリカにはそれよりもはるか標高の高いところで生まれて暮らしている人たちがいるわけで。人間の適応能力ってすごいなと思う。生理学的にも社会的にも人を作っているのは環境。

参考文献

山本正嘉、「登山の運動生理学とトレーニング学」 東京新聞(第2刷 2020年)

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