[特別企画] WCS 2014キセキの世代 | 第三話 「ポケモンカードゲーム」
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WCS 2014のスイスドローを勝ち抜いた8人が集められたエリア。そこには日本語が飛び交っていた。
ハルト:「日本人ばかりでしたし、国内で対戦して仲良くなっていたひとっしー(ヒトシ)やユイちゃんが一緒だったので、緊張するようなことはなかったですね」
それはハルトたち3人だけでなく、練習からLCQ、スイスラウンドとずっと一緒だったミズキとタカシにも言えることだった。WCSのTop8に残ったジュニア選手たちが、緊張もせず楽しそうに談笑しているというのは、なかなか見慣れない雰囲気だったのではないだろうか。
しかも英語話者は、アメリカ代表のBrady Guy選手のみ。ジャッジ・通訳にとっても想定外の状況だったろう。
一方で勝ち残った日本人選手たちは、この状況を偶然とは思っていなかった。ハルトとヒトシも対戦自体の質は国内での大会の方が高かった、と口を揃える。
ハルト:「もちろんBO3での戦い方などは海外の選手の方が慣れている、ということはありますし、うまいなと感じる人はいました。でもこの大会でのデッキと練度については日本人選手の方が上回っていたと思います」
イレギュラーな状況はさらに続く。通常、決勝トーナメントはセミファイナルまでの2戦を一気にDay 1でやり終え、最終日Day 2には優勝が決まるファイナルだけを残す日程となっている。大会スケジュールが押していたためなのか、この年のジュニアカテゴリーだけはセミファイナルもDay 2に実施することが大会中に告知された。
たくさんの「異例」の中、この日最後の対戦は開始された。
決勝トーナメント8枠に6人の日本人がいるということは、当然のように日本人同士の対戦が生まれることになる。ミズキとヒトシはこの時はじめての対戦に臨んだ。
ミズキ:「決勝トーナメントでの(ヒトシとの)対戦はほとんど覚えてないんです。ころっと負けてしまったんじゃないですかね。でも悔しいという記憶は全くなくて、大会が楽しかったという思い出しかないんです」
日本チャンピオンであるヒトシとの対戦を、よく覚えていないとミズキは振り返る。金ギャラドス杯から続いた彼にとってのWCSは、タカシとの予選最終戦での、楽しい思い出で締めくくられていた。
想定外のセミファイナル
翌日。クォーターファイナルを勝ち抜いた4人の日本人は、まだ人もまばらな会場に集められ、注目する観客もほとんどいない中でのセミファイナルに臨んでいた。
ハルト:「ユイちゃんは絶対に自分のデッキに対策を準備してきているとわかっていました」
北米の強豪Brady Guy選手との対戦を僅差で勝ち抜いたハルトは、予選1位通過、ブラジルのRefael Lazari選手を下したユイとの対戦を前にそんなことを考えていたという。
自分のデッキはほぼバレていましたからね、とハルトは続ける。それでもWCSで使うデッキは、国内でも使っていたプラズマ団(使用デッキリスト:TPCiサイト)と決まっていた。
WCSに向けての練習をハルトは当時お世話になっていたカードランド時和で行っていた。家族の中に競技プレイヤーが自分しかいない以上、自宅での練習は一人まわしかネットでの対戦になってしまい、実戦はカードショップに集う仲間に頼る他はない。年齢の近いプレイヤーだけでなく周囲の大人たちの力も借りて対戦を繰り返す。
さまざまなデッキへの対応を周囲の仲間にサポートしてもらって体に染み込ませる。自分が使うデッキがバレている前提で、考えうる自身への対策カード、戦術へのカウンター方法も仲間達が知恵を絞ってくれた。
ハルト:「毎日のように不利な厳しい条件の練習をしていました。だから対戦中にどうなってもその状況よりは楽なはずだと考えていましたね」
一方のユイも使い慣れた悪デッキ(使用デッキリスト:TPCiサイト)を選択していた。お互いの手の内を知り尽くした二人の対戦は良い対戦になると思われた。
あっけない幕切れ
ユイ:「『あっけな』って思いましたね」
この大会、遭遇したことがないほどの手札で全く動けず1本目を落とし、なんとか2本目を取り返したが、3本目はまた全く動けない。ユイの感覚としては全くポケモンカードをさせてもらえない対戦だった。
ユイ:「あんなに時間を費やして、すべてを捧げてやってきた大会がこんなにあっけなく終わるんだなって」
半ば呆然として隣の対戦卓を見ると、同じように苦笑いしたヒトシが敗戦していた。
ヒトシとタカシの対戦は、タカシのイベルタル-ダストダスデッキ(使用デッキリスト:TPCiサイト)に採用されているダストダスが鍵となると見られていた。ヒトシの使うフレフワン型プラズマ団デッキ(使用デッキリスト:TPCiサイト)が複数の特性を巧みに使い分けるデッキだったからだ。
もちろんダストダスへの対策はあったが、3戦中2戦で動きが悪かったヒトシは「どうしようもない対戦になってしまった」と振り返る。一方で勝利したタカシは、ヒトシが最後にキーカードを引いていれば敗戦する状況で、そんな楽な対戦ではなかったと語っている。それぞれの見解は食い違うが、対戦時間が短時間で終わったことは事実だ。
ヒトシ:「予選の間、優勝だとか世界チャンピオンだとか考えていなくて、ただ無心で対戦していました。でも、準決勝が翌日に繰り越されたことで、ちょっと『勝ちたい』と思ってしまったのかもしれません」
セミファイナルが翌日になったことで、対戦への心持ちが変わってしまった。朝が苦手であることも含め、スケジュール変更はヒトシにとっては悪い方に作用したのかもしれない。
ユイとヒトシの夏はここで終わりを迎え、WCS 2014 TCG Junior 決勝はハルトとタカシの対戦となった。大会の最後を飾る大一番。準決勝とは比較にならないほど華やかな舞台が用意された決勝戦だったが、その決着もストレートで決着のつく、あっけない幕切れだった。
タカシ:「1ゲーム目は向こうが回りすぎでどんなデッキ使っていても勝てないってくらいでした。2ゲーム目はこちらの動きが鈍くて、うまいこと行かなかったですね」
タカシはデッキの傾向としても仕方のない面もある、と冷静に振り返ったが、それでもハルトに負けたことに対して今も悔しい思いがあることは、その表情からも読み取れた。
世界一とともに湧き上がったもの
Pokemon World Championships 2014 TCG ジュニアカテゴリーを制したハルトは世界チャンピオンとなった。
ハルト:「終わった時はやったーとか嬉しいという気持ちではなかったですね。なんというか、ホッとした、というのが実感です」
決勝の決着がついた瞬間のことを、ハルトはそう振り返る。
ハルト:「地元でみんなにめっちゃくちゃ練習に付き合ってもらっていましたから、結果が出なかったらどうしようと思っていたんです。(優勝という)結果が残ってとりあえずよかったという気持ちでした」
世界一になった瞬間、自分の成し遂げたことを喜ぶより先に、周囲への感謝の気持ちが湧き上がっていた。そう言われて動画を見返すと、観客席の声に応えて手を挙げるまで、ハルトは笑顔になっていないように思える。
自分たちが参加するわけでもないレギュレーションを、ハルトのために研究し、さまざまな状況を再現しながらの練習に付き合ってくれた北海道の仲間や周囲の大人たちに、優勝という報告ができることが、ハルトにとってなにより大きなものだったのかもしれない。
「一番になりたい」
その思いを原動力にして、ハルトはポケモンカードを本気で取り組んでWCSまで突き進んできた。小学生最後の夏、目指していた「一番」になったハルトは、夢を現実にした高揚感よりも安堵と感謝の気持ちで満たされていた。
それぞれのポケモンカードゲーム
ゲームの世界を夢見て
ミズキは高校受験でポケモンカードを中断した後、対戦をすることはほぼなくなった。学校での部活や他の趣味もあって「ポケモンカードに復帰する機会がなかった」のだという。
ミズキ:「ポケモンはいまでも好きで、本当にタイミングがなかったと言うだけですね。でも最近はカードをコレクションをしているんですよ。昔にはなかった綺麗なイラストのカードがたくさんあるんで」
現在ゲーム開発を学んでいるミズキの夢は、誰もみたことがないような風景の中を、プレイヤーが自由に駆け巡ることのできるゲームをつくることだ。その夢は、ポケモンのビデオゲームやポケモンカードでの体験からも、影響を受けたのかもしれないとミズキは笑った。
ポケモンカードから得たものはたくさんある
来年には就職が決まっていると言うヒトシも今はポケモンカードをプレイしていない。
ヒトシ:「ポケモンカードをやっていて良かったな、と思うところはロジカルシンキングが自然にできるようになったという事だと思います。同じクラスのみんなとチームを組むプロジェクトなんかでそれは実感しましたね」
カードゲームで培った思考が仕事でも役にたつとヒトシは考えている。年齢の違う社会人にも臆せず会話できるのも、ポケモンカードを通じて、小さい頃から大人と交流があったからじゃないか、と話してくれた。
「新弾ダークライだよ?」といまだに声がかかる
ユイ:「ポケモンカードから離れて随分経つんですが、いまだに復帰しないのか、と誘われることがあるんです。特にダークライがカードになると絶対声がかかりますね」
それでも今のところポケモンカードに復帰する予定はないようだ。
ユイ:「やるとなったら絶対に負けたくないんです。オールインしてできないなら、やらないほうがいいかなって思うんですよね」
大人になったと思っていたユイの顔が、そう話した時だけギラギラした小学生時代に戻ったように見えた。
オンラインゲームでもデッキビルダーの感覚を発揮
現在大学生のタカシは今はオンラインゲームに夢中だという。
タカシ:「チームで戦うゲームで、みんなに指示を出す役割を担っています。個人のゲームスキルではたぶんチームの中でも下の方なんですけど」
タカシは自身をポケモンカードゲームにおいてプレイヤーというよりデッキビルダーだったと語る。WCS2014のデッキでさえも自分が使うより他のプレイヤーが使ったほうが強いと思っていたという。
そういう自身の傾向が今のオンラインゲームへの関わり方にも影響しているのか聞くと、タカシは少し考えてこう答えた。
タカシ:「どうでしょうね。どうやったら勝利に近づくのかを考えるのは、たぶん他の人より得意なので、役に立っていないってことはないと思います」
ポケモンカードで世界2位になったことも「そんなこともありましたね」とどこか他人事のように話すタカシだった。
ポケモンカードからは離れられない
北海道を離れ、都内の大学で学ぶハルトは、まだプレイヤーを続けている。
ハルト:「モチベーションが落ちた時期はありますけど、僕は辞めたことはないんです。シニア時代もマスターに上がってからも大会に出ています。関東にきてからは練習環境もないのでかなり苦戦していますが」
他のメンバーはみなポケモンカードから離れていることを寂しいと思うことはないか、と聞くとハルトはこう答えた。
ハルト:「ここまできたらずっと続けると思います。めっちゃ情熱かけていましたからね。もう離れられないんですよ。
それはきっとみんなも同じだと思います。形は変わってもいつか戻ってくるんじゃないか、と思っています。だから、寂しいとかはないですね」
小学生の一時代、多くの時間と情熱を注いだ彼らは、9年を経てそれぞれの道を歩いている。置かれている環境もそれぞれ異なり、目指す目標も違う。ポケモンカードが彼らの人生に与えた影響はどんなものだったのか、それはまだわからない。
しかし、あの夏の話をする時、全員が「楽しかった」と口にした。小学生の頃熱中したことを「楽しかった」と振り返ることができる。そう言い切れる思い出がある。それはなによりもすばらしいことなのかもしれない。
(おわり)
文:zb
撮影協力:
トレカショップ VOW (Twitter)
PLAY FACTORY TOKYO (Twitter)
シーシャバー まどい (Twitter)
1、2話とあわせてお楽しみください。
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