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タックマンの次に読む本

(2013/03/28記)

 第一次世界大戦は、敵国内に在留する非戦闘員(民間人)が組織的かつ大量に勾留されることになった初めての戦争で(勿論それまでにも散発的な例はありますが)、これは第二次大戦時のナチス強制収容やカリフォルニアの日系人捕虜収容などに先駆ける事例と言えます。

 ところが、あまりキャッチーなテーマでないせいか、本場ヨーロッパにおいても研究は進んでおらず、その実態はよく分かっていないというのが正直なところでした。

 ところが二〇一四年の第一次大戦一〇〇周年に向け、ヨーロッパでは同ジャンルの研究が長足の進展を見せており、本書、奈良岡聰智さんの『「八月の砲声」を聞いた日本人――第一次世界大戦と植村尚清「ドイツ幽閉記」』(千倉書房)は、その最新のトピックをフォローしています。

 第一次世界大戦開戦前夜、たまたまプラハに留学中だった医師、植村尚清(うえむら・ひさきよ)という人物が、拘禁・収監中の様子を詳細に綴った手記が残されており(「ドイツ幽閉記」。翻刻し本書の第二部として収録)、これらを手がかりにドイツで勾留された日本人たちの姿を描き、なぜ、どのような過程で拘禁が行われたのか、彼らはどのように処遇されたのか、に迫るというのが本書のキモになります。

 戦前期二大政党制の研究で知られる京都大学准教授、奈良岡さんが、なぜこのテーマを採り上げたのか、不思議に思う方が居るかも知れません。しかし、通な皆様には、手記を残した植村が加藤高明の従兄弟であり、第一次大戦の開戦時、大隈内閣の外相が加藤であった、と言えば「なーるほど」と思っていただけることでしょう。

 本書では、フランス人やイギリス人の捕虜や、ドイツ以外の国に滞在していた日本人についても筆が及びませんでしたが、その幅広さ、奥行きの深さは容易に感じられるはずです。

 このときドイツに滞在していたのは当時の日本を代表するエリートたちでした。奈良岡さんは「彼らの存在自体が日独交流の歩みを体現している観」があり、彼らが「何をしていたのか分析することで、日独交流史や日本人の留学史上、興味深い知見が得られる」と述べています。

 大戦勃発直後のドイツ国内で空前の日本人気が巻き起こる様や、それが一転、日本人憎しに変じる瞬間、一部の外交官が第一次大戦に参戦することを強く望んでいたこと、ヨーロッパをめぐっていた旅芸人たちの様子など、ユニークなエピソードも満載。

 なんとこのとき、ドイツには重光葵(外交官補)や林銑十郎、永田鉄山、寺内寿一や畑俊六、河上肇、小泉信三、三浦環まで在留していたんですね。

 さっさと脱出した人、ギリギリ逃げ切れなかった人、自分の意思で残った人……。様々な人間模様が垣間見える『「八月の砲声」を聞いた日本人』(千倉書房)。店頭に並ぶのは四月になりますが、見かけたら手に取ってみてください。よろしくお願いします。

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