神谷竜介@俯旗軒

東京・京橋交差点の角っこで、90年以上、学術書、教養書を作り続けている小さな出版社の編…

神谷竜介@俯旗軒

東京・京橋交差点の角っこで、90年以上、学術書、教養書を作り続けている小さな出版社の編集者。こんな本に関わってきた(https://booklog.jp/users/kamiya-works)。

マガジン

  • 愛書家の楽園にて

    丸善ジュンク堂書店(池袋、名古屋、京都、福岡)と有志の出版関係者が協力して選書する企画棚「愛書家の楽園」。2017年に参加して以来、お手伝いしてきた企画に寄稿した文章を掲載します。

  • 漂う編集者

    千倉書房という地道(地味?)な出版社のお世話になっている編集者が、本と編集にまつわるエピソードを紹介します。普段は鍵のかかった別ブログのエントリから、差し障りの少なそうなモノをアップしています。

  • いくつかの点鬼簿

    幽明の世界を隔てた懐かしい顔、お世話になったかた、そんな人々への哀惜をつづります。

  • 神谷学芸賞・新書賞やってます

    自分が面白いと思った学術書、教養書をお勧めしたいだけのために作ってしまったprize。読むに足る「学」と読ませるに足る「芸」のバランスを求めて今日も私は書店をさまよう…。

最近の記事

15年かかりました。

(2024/04/16記)  来月、再来月と叢書の新刊が続く。15年かかったが、ついに10冊を迎えることになる。  学生時代から恋い焦がれ、目指し続けた中央公論社の「叢書国際環境」に冊数で並ぶ。  水本義彦、多湖淳、待鳥聡史、春名展生、白鳥潤一郎、若月秀和、高橋和宏、東島雅昌…。よくぞこれほどの書き手が筆を寄せてくれたものだと思う。  いまだにどれを読んでも面白い。編集者冥利に尽きる。  今でも君塚直隆さんがゲスト講師を務めた細谷雄一さんの学部ゼミの懇親会で若月さん

    • アメリカよ、君はいずこへ…

      (2024/04/10記)  2024年は、近年まれに見る世界的選挙イヤーです。  1月の台湾を皮切りにインドネシア(2月)、ロシア(3月)、メキシコ(6月)が総統・大統領選を迎え、韓国(4月)、インド(5月)、EU(6月)では国や地域の舵取りに影響を与えるであろう国政選挙が行われます(日本でも秋口に総選挙の可能性があります)。  なかでも国際社会の趨勢を大きく左右する可能性が高いのが、11月の本選を前に、現在予備選まっただ中の米国大統領選挙です。  しかし、来年2月

      • 教科書販売の憂鬱

        (2022/06/07記)  この春の教科書販売の成績を分類すると「2020年並みの堅調だった大学」「2021年よりは緩やかに後退した大学」「2019年までと同じ元の木阿弥の大学」「コロナのない世界が続いていたとしか思えない論外の衰退を見せる大学」という感じである。  「コロナがなかった世界」の大学では、180送って152返品とか、15送って12返品とか、大反省会レベルの惨敗を喫した。こんな数字は久々に見た。  もともと小社の営業は実績重視かつ小出しがモットーの出庫ぶり

        • 2022年の総括

          (2022/12/30記)  2022年、販売額、販売冊数いずれも前年度を上まわる成績だった当社も、取次通し、つまり一般市場での売上金額では久々のマイナスを記録してしまいました。  コロナ禍に入っても、全ての数字で前年度比プラスを続けていただけに、ちょっと全身から力が抜けるような無念さ、敗北感があります。  正直、数字上は秋口から危機感がありました。しかし、刊行点数が落ちているわけでも、重版がかからないわけでも、広告や販売展開に遺漏があるわけでもなく、ただただ書店の店頭

        15年かかりました。

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        • 愛書家の楽園にて
          14本
        • 漂う編集者
          76本
        • いくつかの点鬼簿
          7本
        • 神谷学芸賞・新書賞やってます
          15本

        記事

          生態系の変化

          (2023/05/28記)  出版業界や書籍の全般について語ることは出来ないが、とにかく我が身を置き管見に及んだ界隈の風景を同時代的に書き残そうとブログを続けてきた。  ところが長いスパンで読み返してみると、大学生を鑑にした日本人の思考力(学力ではない)低下の歴史をつづっているような気持ちになってくるから困ったものだ。  この一年を振り返るだけでも、読書しない・できない・教科書を買わない大学生に対するグチめいた書き込みの多いこと(苦笑)。 「教科書販売の憂鬱」でコロナ

          「巣鴨の父」の息子

          (2024/03/12記)  書籍の編集をお手伝いをするなかで、たまたま著者の思いがけない過去や一面に気づくことがある。  それは日頃、あまり他者に見せることのない姿だったりして、意外な発見に胸を打たれたりする。  先日、成城大学の田嶋信雄先生の新著『ドイツ外交と東アジア 1890~1945』(千倉書房)をお手伝いしている折、ネットで氏の著作歴を検索していると、そこに意外な文字列を見つけた。  『巣鴨の父 田嶋隆純』は文藝春秋の企画出版から2020年に刊行されており、

          「巣鴨の父」の息子

          懐かしい作品に還る昼下がり

          (2024/03/30記)  嵐が去った土曜日、春(初夏?)の陽気が心を誘うが、ここ十年で最もひどい花粉症に見舞われている私は、固く窓とカーテンを閉ざし、一日一錠で効くと言われているクスリを朝晩二錠ずつ飲み、なんなら部屋の中でもマスクをしようかという勢いである。  こんなときは薄暗い書斎にこもって歴史に逃げ込むに限る。  細谷雄一さんの『外交による平和――アンソニー・イーデンと二十世紀の国際政治』(有斐閣)。  君塚直隆さんの『パクス・ブリタニカのイギリス外交――パー

          懐かしい作品に還る昼下がり

          勝手なアンソロジー

          (2019/10/15記)  無謀なことを思い立ったものだ。  何しろ池内紀さんには、すでに『池内紀の仕事場』(みすず書房)という、辻井忠男さんの手になる全八巻にも及ぶ選集がある。  しかも、ご自身アンソロジストとして様々なテーマや著者を切り口に数々の書物を編んできた、まさに「名人」なのである。  そんな人のアンソロジーを目論むなんて、身の程知らずにもほどがある。確かにその通りである。  しかし、池内さんの急逝(昨年来、体調を崩されていたことを知らなかったため実感と

          勝手なアンソロジー

          三つの叢書

          (2023/11/24記)  2000年代の終わり頃、NTT出版に叢書「世界認識の最前線」というシリーズがあった。  国際政治学者の猪口孝さん、猪口邦子さんの持ち込み企画で、世界的に定評を得ている基本書にもかかわらず日本に紹介されていない書籍をピックアップし、解題を付けて翻訳出版するという触れ込みだった。私はその前半部の刊行に、サポート的に関わっている。  ラインナップを挙げてみよう。 ◆叢書「世界認識の最前線」 池上英子(森本醇訳) 『名誉と順応――サムライ精神の歴

          五百旗頭真先生の訃報

          (2024/03/07記)  Tさんからメールが届いたのは、そろそろ床に就こうかという〇時四四分だった。しかし件名が「訃報」となっていたため全身に緊張が走り、瞬時に覚醒した。  Tさんと私の共通の知人に不幸があったとしても、こんな時間にわざわざ連絡をしてくるほど重要な人物は限られるからだ。  悪い予感は当たる。それは五百旗頭真先生の逝去を伝える第一報だった。  まさか、と思った。最後にお目にかかった昨年の大晦日も、健康の陰りなど微塵も見えず、新しい企画の話で大いに盛り

          五百旗頭真先生の訃報

          二度とこんな本は作れない

          (2021/06/30記)  明日7月1日に結党100周年を迎え、ここしばらくは「神話作り」に力を入れる(Reuters)、などといった、やや皮肉な調子の報道も見受けられる中国共産党。  鄧小平の「韜光養晦」はすっかり過去のものとなり、習近平が押し進める「強軍強国」路線が生み出した軋轢に、南シナ海のみならず世界各国が憂慮の色を露わにする2020年代を迎えています。  そうした諸々を受けて、中国は変質した、とする分析には一定の説得力がありますが、その一方で、中国の本質は建

          二度とこんな本は作れない

          いつまで続く泥濘ぞ

          (2023/03/29記)  2011年のアラブの春に際し、もし池内恵さんが敢然と立たなかったら、日本のSNS界隈があれをどのように曲解していたか、じつは想像を絶するところがある。  韓国との関係がどん底まで落ち込んだ数年間に、木村幹さんの、時に飄逸な、時に身も蓋もないエントリが、易きに流れようとする隣国評をどれほど我に返らせたことか。  細谷雄一さん、篠田英朗さん、鈴木一人さん、この三人の理知的で説得的なツイートとその拡散が、一定数の保守とリベラルを共にその位置につな

          いつまで続く泥濘ぞ

          さまよう権威主義、うつろう民主主義

          (2023/12/06記)  第二次世界大戦が終わった一九四五年から、おおよそ一九八〇年代末までの世界政治は、米国を中心とする民主主義陣営とソヴィエト連邦を中心とする社会主義陣営が対立する、東西冷戦という図式の下にありました。  一九九一年のソ連解体と冷戦終結によって、民主主義が勝利を収めたかに見えましたが、その後、宗教対立、民族紛争、中国の台頭などを経て、世界は新たな対立の時代を迎えています。現在、民主主義の対角に置かれるのは権威主義といってよいでしょう。  ところが

          さまよう権威主義、うつろう民主主義

          写真集『MINAMATA NOTE』について05

          (2012/09/17記)  石川武志さんの写真集『MINAMATA NOTE 1971~2012』(千倉書房)には、いくつか大きなストーリーの流れがある。  ひとつは既に紹介したように、1970年代と2010年代の風景や患者の姿の対比による「終わらない水俣」ということなのだが、もう一つ重要なのが「写真家ユージン・スミスと水俣」というテーマだ。  ユージン・スミス。1918年、カンザス州に生まれ、1957年から世界的報道写真家集団マグナムのメンバーとなっている。  1

          写真集『MINAMATA NOTE』について05

          写真集『MINAMATA NOTE』について04

          (2012/09/16記)  水産加工場、干された漁具、珍しくもない日本の漁師町の風景だ。しかし、それらはただちに違和感を醸し出す。  遠いのだ。海から。不自然に。原因は埋めたてである。工場排水とともに流れ出た水銀のヘドロが、それ以上、海洋を汚染しないように、国と県は巨額の資金を投入し、チッソの排水口があった水俣湾一帯を埋め立てた。  いや、埋め立てた、では生やさしい。埋め立て尽くした、とでも言うほかない。そこに証拠と記憶を隠滅しようという、きわめて強い悪意を感じないで

          写真集『MINAMATA NOTE』について04

          写真集『MINAMATA NOTE』について03

          (2012/09/15記)  水俣訪問初日の夜、石川武志さんの被写体である患者さんたちが集まり、地元の新聞や通信社の支局員たちを交えた懇親会が開かれた。私はそこで、初めて水俣病と対峙した。  石川さんが「水俣の三人娘」と呼ぶ、坂本しのぶさん、前田恵美子さん、加賀田清子さんが揃い、華やかな宴だった。  お願いして胎児性水俣病患者の坂本しのぶさんと石川さんのツーショットを撮らせてもらった。  しのぶさんは、中学生のころから環境、公害、水銀問題に関する国際シンポジウムに出席

          写真集『MINAMATA NOTE』について03