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公共空間で、家庭や職場で……セクハラをするのはどの「ワニ」かわからない。

「クロコダイル」はベルギーの異国のこと、ではないんです。もしかしてあなたも「ワニ」?

今月、弊社からあるベルギーのバンド・デシネ(フランス語圏の漫画)『クロコダイル』が翻訳出版されました。

この本は、インターネット上で集まった女性たちの証言から生まれたセクシャル・ハラスメントのノンフィクション漫画です。公共空間で嫌がらせを受けた経験がある女性13%、路上でつきまとわれたことがある女性5.2%(フランス・2004年)。日本では統計さえ行われていません。

男性にとっては「冗談だった」「ナンパしただけ」の言動が、女性目線に立てば路上での暴力に変わります。男性に性的な目を向けられ被害にあわないように、女性たちは公共空間に行くときに「どんな格好で」「何時に」「どんな方法で行く」のが適切か考えます。男性たちはそうした心配を日常ですることがあるでしょうか?

本書では、男性にも女性の被害を共感できるよう工夫がほどこしてあります。男性は全員「ワニ」として描かれているのです。無害なワニもいれば、有害なワニもいます。どのワニが襲ってくるのかはわかりません。女性が感じるリスクを、男性読者も追体験しやすくしています。

#MeToo以降、日本でもフェミニズムが(少しは)注目されています。しかし、ネット上ではバックラッシュが激しく、フェミニズムをあえて曲解して揶揄するような言動が横行し、「表現の自由」だといって女性を侮辱的に描き消費することが常態化しています。また、女性自身がその被害に気づかず、ミソジニーに迎合するような発言をする場面も見受けられます。

本書がベルギーで刊行されたのは、2012年。日本での刊行にあたり、年数が経っていることを心配しましたが、世界的にもまだまだジェンダー平等は進んでいないため、刊行に踏み切ることにしました。

さて、前置きが長くなりましたが、ここで『クロコダイル』刊行の立役者であり翻訳をされた、リボアル堀井なみのさんとコザ・アリーンさんに刊行の経緯や思いについてお聞きしました。本書と合わせてお読みいただければ嬉しいです。



1) 発行のきっかけ

リボアル堀井なみの(以下、リボアル)
『クロコダイル』とはじめて出会ったのは………

セリーヌ・マリアージュさん(ベルギー王国フランス語共同体政府 国際交流振興庁 (WBI) )が、この本を紹介してくれました。京都はフランス語と縁のある場所で、フランス領事館やフランス学校もあり、フランス語話者の大きなコミュニティーがあります。私はパリテ・カフェや、国際女性の地位協会などの市民活動に参加していて、「ジェンダー平等と演劇」をテーマにする舞台「ミモザウェイズ1910-2020」を製作したことに興味を持ってくれていたのだと思いますね。

「クロコダイル」をはじめて読んだときに大きな衝撃を受けました。被害者の証言を可視化していて、自分の経験とも重なり読むのが辛かったです。ですので、手に取られる際にはどうぞお気をつけてください。できたら後半部分の「戦略と対策」と「後書き」から読んで頂ければと思います。
その後半部分の「戦略と対策」を広める必要性を感じたので、ぜひ日本でも翻訳出版したいと思いました。
それで翻訳者で普段から脚本翻訳でお世話になっているアリーンさんに相談をしました。

コザ・アリーン(以下、コザ)
『クロコダイル』をはじめて読んだときは、私も衝撃的な本だと思いました。それと同時に、表現がとても面白いと感じました。ストリートハラスメントの証言を集めて文字にするのではなく、マンガにして、かつ加害者をみなワニにしてしまうという手法は、とても斬新だと思いました。こうすると、無視されがちな被害者の声を、読者も身近に感じることができて、受け入れやすいかもしれません。日本でもぜひたくさんの人に読んでほしいと思いました。

リボアル
そうでしたよね、それで以前、私のノルウェー在住時代の友人『北欧の幸せな社会のつくり方』著者あさきあぶみさんよりご紹介頂いたかもがわ出版社の皆川さんを、アリーンさんとセリーヌさんと直接本を持参して訪ねました。「子供( 18歳. 男性)が読んでよかった!」「うちも読んで欲しい!」という話で、盛り上がりましたね。
 あと、インターネット上の、自動的に画面に現れる、不自然な風船みたいに胸が大きい女性を物みたいに描くマンガを使用しているコマーシャルについても話題になりました。みんなの思いは、日本・ベルギーに関わらず、性に関する間違った情報で溢れるこの社会から、未来の世代を守りたいという思いだったと思います。

コザ
そうではない表現として、『クロコダイル』をコマーシャルで出したいね、と。それでベルギーの出版の担当者のコンスタンスさんにお話ししたら強く共感してくださいました。万国共通の問題なんですよね。今回は翻訳だけではなく、出版までのそれぞれの段階に皆がかかわりました。出版を実現させるために、それぞれの場所で皆が力を発揮した気がします。

リボアル
「クロコダイル」の中に、パリの地下鉄で、女性を性的に消費するようなコマーシャルが溢れている様子が描かれています。オンライン社会や現実社会で、ジェンダー専門家の視点を取り入れるなど早急な仕組み作りが必要だと思います。

2) 著者について・来日の予定があります


リボアル:
著者のトマ・マチューさんの前書きにもありますが、この「クロコダイル」は、「街を歩く女」(監督ソフィー・ペーターズさん)の動画を観て、自分の家の前で被害が起こっていることに驚き、被害を受けた友人たちに共感して描き始めて、ネットでプロジェクトが始まったそうです。

オンラインでもご覧いただけます。
フランス語:https://projetcrocodiles.tumblr.com/
英語:https://crocodilesproject.tumblr.com/
インスタグラム:https://www.instagram.com/projetcrocodiles/?hl=en

トマ・マチューさんは、10月にアンスティチュ・フランセの「読書の秋」に招聘・来日を予定されていますので、詳しくはその時に直接お話をお聞き気になっていただければと思うのですが、『クロコダイル』で一番印象に残っているのは、ワニと人間との描き分けです。実は私はそうでしたが、男性をすべてワニに描くことへの嫌悪感を感じる方もいるのではと思います。
でも実はこの本が女性・男性の対立を望んでいるのではなく、この社会の構造や視点自体が「ワニ」で、この性で区別している社会を可視化しているんだと見ていただければと思います。

コザ
そして、「ワニ」的な発言の酷さで、緑色の濃淡が異なります。また人間として描かれていて「ワニ」発言する女性は緑色で描かれています。「ワニ」はかならずしも男性ではなく、女性でも「ワニ」がいるということですね。男性女性問わずに実際の社会で起こっている「ワニ」的な行動や考えを、本書では「ワニ」として描いて可視化しているのが、特徴的です。

3) 翻訳作業を終えて


共同作業について
コザ
『クロコダイル』はベルギーでは2巻まで出ていて、2巻目ではもっといろいろなパターンの性被害が描かれているようです。でも、1巻では若い女性の被害が描かれていて、多様性が少し欠けているんですよね。実際には、特定の年齢、性別、性的指向の人だけがストリートハラスメントにあうわけではないんです。もう少し多様な視点が入ったら面白くなるな、と訳しながら思いました。また、翻訳をするために、この本で引用されている本もいくつか読みましたが、そのなかでもイレーヌ・ゼリンガーさんの “NON C’EST NON” (嫌なものは嫌)という本は、フェミニストの視点での自己防衛マニュアルになっていて、とても勉強になりました。フランス語がわかる人はここからダウンロードして、ぜひ読んでみてください。

リボアル
翻訳しながら、読者がこの本を読んで傷つかないかと心配し、気を遣いました。特に前半部分は無理のない範囲で見て頂けたらと思います。もし読者が自分は「ワニ」だと責められていると感じたら、それは、「ワニ」の視点からこの本を読んでいるというサインだと思いますので、まずは「あとがき」の章を読み、クロコダイルは被害者の声にクローズアップしたものであることを再確認して、被害者の視点から、ぜひ読み直してみて下さい。

オノマトペ/ 擬声語・擬態語に、翻訳の初期の段階から気をつけていました。アリーンさんとの翻訳の醍醐味というか、そこがとても楽しかったです。ベルギーの空気感を、文化の異なる日本語でどう表現するのか。試行錯誤の跡をご覧いただけるとうれしいです。

4) 最後に個人的に

リボアル
この翻訳を通して、「クロコダイル」では性暴力がテーマですが、LGBTQや人種、年齢、地位、階層、給料格差、健康やその場での力関係など、誰もが少なからずハラスメントをしていて、加害者側は、無意識なことが多いのではと思いました。「クロコダイル」を読み自分にもワニ的な要素があることに気づき、被害者にも加害者にもならないように、皆が意識できればいいと思います。そこに本書の一番の価値があると思います。

コザ
女性自身が、ストリートハラスメントは「こんなものだ」とあきらめがちです。でも、「クロコダイル・プロジェクト」では、これも性差別からうまれる問題として可視化しています。
「あとがき」にも書きましたが、私は自分の子どもが性被害にあわないように合気道を習わせたり、自分自身も被害を受けないようにいろいろ気をつけたりしていましたが、そうではなくて、ハラスメント自体をなくし、被害の根源をなくそうとする活動も必要だと思います。本書のなかで被害者に対して「そんな服を着てたから」「そんな時間に通るから」と非難する場面がありますが、私も無意識に防衛的に行動していたことがあり、ハッとしました。
多くの人は女性は被害を受けないように自己防衛して当然だと考えていますが、本当は加害する側が問題なのですから、それを正すことが必要なんですね。そのことに気づかされました。


ベルギー王国フランス語共同体政府 国際交流振興庁 (WBI) からは、出版にあたり翻訳助成を、著者トマ・マチューさんの来日助成を受けました。
アンスティチュ・フランセ・フランス大使館より、イベント通訳費用の助成を受けました。
この記事を読んでくださった皆さま、関わってくださった皆さまへ、
ここに再度感謝申し上げます。


おすすめのリンク

「ホラバック!」:https://righttobe.org/ (現在名はRight to be)
「ストップハラスメント」https://stopstreetharassment.org/
本文p.133に掲載
「Stop harcèlement de Rue 路上いやがらせ反対」http://www.stopharcelementderue.org/
本文p.170に掲載
「ガランス協会」 www.garance.be
本文p.164に掲載

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