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スコットランド日和⑤人権とプライドパレード

 スコットランドのエジンバラで研究生活を送っている阿比留久美さん(早稲田大学、「子どものための居場所論」)の現地レポートを連載します(月2回程度の更新予定)。
 ★「子どものための居場所論」note はこちらから読めます。
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 ご存じの方も多いと思いますが、プライドパレード(PRIDE parade)は、性的マイノリティに対する差別や偏見に抗して、性的多様性を祝うパレードです。わたしはこれまでプライドパレードというとおしゃれでイケてる人たちが集まる商業化された性的マイノリティのイベントのように感じていて、参加したことがありませんでした。ですが、今年はなんでも学び、体験していこうと決めてスコットランドに来たので、6月24日にエジンバラで開催されたプライドパレードにはじめて行ってきました。

 プライドパレードの会場付近ではレインボーを身に着け、いろんな種類のプラカードをもった人たちが集まっていました。近年の状況から、トランスジェンダーの権利について掲げたプラカードが目立ちましたが、それも一様ではなく、おのおのが作った様々なメッセージが掲げられていました。

子どもの姿もちらほら

 プライドパレードでは、若者や中高年だけでなく、子どもやティーンエイジャーの姿もけっこう見かけました。ティーンエイジャーが多く集まっているあるグループのところに行ってみると、そこはガールスカウトの団体で、ガールスカウトを率いる大人の一人は「子どもの権利とwell-beingが大事だから、自分のセクシュアリティについて安心して出せるような環境をつくりたい」と話していました。ガールスカウトではプライドパレード用にプラカード、バッジ、シールをつくっていて、かなり気合いをいれて準備をしているのがわかりました。バッジには「Girls can do anything(女の子はなんだってできるんだ)」というメッセージが書かれていました。自分のセクシュアリティについて悩むことの多いであろう10代のうちにみんなでプライドパレードに参加し、肯定的なメッセージを受け取りながら育つことでどれだけガールスカウトの子たちはエンパワーされることでしょうか。

 プライドパレードで特にわたしが感動したのは、パレード開始前のスピーチです。スコットランドのみならずイギリス各地からさまざまな立場を代表した人たちがスピーチをしていて、どの人も人権(human rights)という言葉を使ってスピーチをしていたことがとても印象に残りました。最後のほうでスピーチした人は、移民・難民の人たちに対して「スコットランドはあなたたちを歓迎します。あなたたちはスコットランドの市民です」と呼びかけていて、そのメッセージにわたしはとても胸を打たれ、胸が熱くなりました。プライドパレードは、性的多様性にかかわるパレードですが、人権(human rights)がそこに位置づけられているからこそ、ジェンダーアイデンティティにかかわることのみならず、あらゆることがらとつながる地平が開かれているパレードなのだとわたしは肌で感じました。

プライドパレードのスピーチ会場の風景

 さて、スコットランドにきてから、わたしは複数の友人から、まったく異なる文脈で「パレードへようこそ(原題 Pride)」(2014年、イギリス)という映画を勧められました。この映画は、サッチャー政権下での1984年から85年に起きた炭鉱ストライキで炭鉱労働者を支援した、Lesbian and Gays Support Miners (LGSM、炭鉱夫支援同性愛者の会)の実話をもとにした映画です。

 映画の中でゲイのマークは「僕はゲイの権利だけ主張しても無意味だと思う。労働者や女性の権利は?まるで不合理だ。」と語っており、炭鉱夫のダイはマークに「組合に古い旗がある。手と手を握る。これが労働運動のシンボルだ。互いに支え合おう。誰でも、どこの出身でも。肩を組み、手をつないで。」と語り、LGSMに連帯の意を示します。

 その後の映画の展開からは、人権(human rights)は、特定の人たちだけを対象にして求めていくようなものではない、人間にとって基礎的なものであること、だからこそ異なる立場の人たちが人権(human rights)の概念でつながり、連帯できるのだということを感じました。そして、その実例のひとつとしてプライドパレードがあることがわかりました。それはわたしがエジンバラのプライドパレードで感じたことと重なるもので、わたしはこの映画を通じてエジンバラでのプライドパレードのもっている文脈を解説してもらったのです。

 ただ、その道筋を日本で実現していくのはだいぶ遠く困難であるように感じざるを得なかったのが、2023年6月のLGBT理解増進法の成立・施行です。この法律は、制定過程の最終段階で、「全ての国民が安心して生活できることとなるよう、留意する」(第12条)という文言がはいり、法律の根本がゆがめられてしまいました。そんな報道をスコットランドで見ながら、人権はすべての人が平等にもっているものであり、差別は許されないのだという基本的な原理が共有されていないとこんなことも起こりうるのか、と暗澹とした気持ちになりました。

 わたしは、これまでも日本の子どもや若者の状況を考える時に、「子どもや若者のためにいろんな施策がつくられているけれど、大切なのはそれが権利(rights)として位置づけられないと、なんだかずれていってしまう。だけど、日本では権利(rights)という言葉で論じられることを嫌う人が一定数いて、権利(rights)ということを正面に出して語りづらい状況はどうしたら打開できるのだろう」と頭の中で考えていました。

 エジンバラでのプライドパレードの経験は、現在のような状況をどのようにして打開していけるのか、まだ方法はみつけられていないけれど、権利(rights)という概念を真ん中に据えて前進していく方法を探っていきたいということを、強く確認する機会になりました。

阿比留久美『子どものための居場所論』
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