見出し画像

第3章 超国家の誕生第2節 キリスト教の誕生―キリストの理想に背反する国教化と戦争のマニフェスト化

第1章 ジオポリテイ―ク序説
第2章 古代の戦争から読み解く

第3章 超国家の誕生
第1節 ユダヤ教誕生―中東戦争への因縁と終焉しない戦争
第2節 キリスト教の誕生―キリストの理想に背反する国教化と戦争のマニフェスト化
第3節 イスラム教誕生―ムスリム帝国建設は地理学的環境決定
第4節 キリスト教 vs イスラム教―聖戦論の本質

第4章 帝国の盛衰
第5章 日本の古代ジオポリティーク
第6章 領邦国家の成立
第7章 ヨーロッパ大陸から新大陸へ
第8章 大陸の鳴動
第9章 主権国家の変革
第10章 戦争の世紀
第11章 戦後処理
第12章 冷戦後の世界

1 イエス・キリスト復活祭

 2024年3月31日は、イエス・キリストが使徒たちに伝えたとおり「十字架につけられて死に、3日目によみがえり天に昇った日」をキリスト教信者が祝う最も大切な「キリストの復活祭」であった。キリスト教信者は、復活祭当日前1週間を「聖週間」として祈りを捧げて過ごす。

 キリスト教国の戦争では復活祭やクリスマス、正月に休戦するのが通例だが、ウクライナ、ガザに休戦は無かった。2023年の復活祭(3月24日)では、プーチンがロシア・ハリストス正教会で行われた復活祭の聖餐(ミサ)に赴きキリル大主教と抱擁する姿が映し出された。
キリスト教信者にはミサ聖祭において「主の平和」、英語で “Peace be with you.”と互いが言葉を交わす習いがある。しかし、プーチンの仕掛けた戦争、そして実に多くのキリスト教の国が参戦した戦争史からすれば、ハリストス教会で行われたその光景は、ウクライナの老若男女を無差別に殺戮、傷つけている現実に照らせば「笑えない茶番・笑止千万」であった。

 蛇足だが、イスラエルで交わされる「シャローム」の挨拶はユダヤ人の平和を意味する言葉だ。

 プーチンは5歳の時にキリスト教正教会で受洗しているが、ウクライナへの非人道的侵攻を見る限りプーチンに真の信仰心は無いようだ。「幼児洗礼」は親がキリスト教信者であれば「生まれた幼児の洗礼を義務づけたもの」であって子供の意思・信仰の有無とは無関係である。

 世界中でキリスト教信者は24億人(2020年 “Pew Research Center” )を超える。しかし、日曜日、教会へ礼拝に赴く信者は全体の50%程度にしか過ぎないと言われる。他方、イスラム教では、毎日の義務である信仰告白の礼拝を呼び掛けるアザーンが伝わると、信者(約19億人)のほとんどが、余程の事情が無い限りモスクなど祈りの場に赴く。この実態は、信仰心に篤い「真の信者」の実数でイスラム教がキリスト教を上回っていることを表している。

 キリスト磔刑に始まる紀元後の戦争の数ではキリスト教国が圧倒的に多い。イエス・キリストを信奉する国が何故・・・と考えるより「キリスト教が無かったら戦争はさらに多くを数える」と考えれば、キリスト教は戦争抑止に役立っている「存在善」だが、現実はそうでもない。

 プーチンは「クリミア併合8年記念集会」(2022年3月18日)において、「聖書の言葉を思い出す。人がその友のために自分の魂を捨てること、これよりも大きな愛はない」(『新約聖書』「ヨハネの福音書」15章13節」)と、参加者やウクライナで戦っているロシア軍に対するメッセージに聖書を引用した。実はこの「友のために命を投げ出す尊さを説いた」新約聖書13節の言葉の前12節には「私があなた方を愛したようにあなた方も互いに愛し合いなさい」という前置きがある。

 戦争が始まると敵対する双方が正当性を主張するのが常であって、プーチンだけではなく人は皆そうなのだが、自己中心、自分に都合のいい解釈で自身の考えを正当化する。ロシアの大統領選挙で5選されたプーチンは益々意気軒昂にウクライナ侵攻で戦う将兵を鼓舞している。

2 十字軍

 2001年9月11日、2,977名の死亡、25,000名以上の負傷者を出した米国ニューヨークやワシントンD.C.で起きた同時多発テロでは、J・ブッシュJr.米国大統領(当時)が対テロ戦争と十字軍宣言 “This CRUSADE, this war on terrorism”を行い、テロリストが潜むアフガニスタンへ派兵した。アメリカは、犯罪の対象であったテロを戦争の世界に招じ入れ、クラウゼヴィッツの戦争「政治の継続」の俎上でテロリストを裁かねばならなくなった。
  
 2015年11月13日、フランス、パリ市街と郊外サン=ドニ地区において、イスラム教原理主義と聖戦(ジハード)思想を主張するISIL “Islamic State in Iraq and Levant” の戦闘員と見られる複数のジハーディスト・グループが銃撃、爆破を行い、この同時多発テロで死者130名、負傷者300名以上が発生した。
 サン=ドニはキリスト教宣教者サン=ドニ殉教の地であり、フランス・ルイ王朝の「菩提寺」として市内に建つサン=ドニ司教座聖堂に第7回、第8回の十字軍指揮官、ルイⅨ「聖王ルイ(サン=ルイ)」が葬られている。

 一連のジハードを十字軍に置き換え「キリスト教対イスラム教」の構図で捉えることは考え過ぎであろうか。しかし、この戦争こそが「宗教・民族・地域」がボーダレスにかつ地球規模で対立する超国家的現象を象徴しているように思う。
 
 9.11同時多発テロ事件でブッシュJr.米大統領が「十字軍宣言」を行った前年の2000年3月4日、当時の第264代カトリック・ローマ教皇ヨハネ・パウロⅡは、使徒パウロの足跡をたどる最初の巡礼先として、キリスト教会の東西分裂(1054)以来初めて、東方正教会の影響下にあるギリシアを訪問しギリシア正教最高指導者フリストドゥロス大司教に対して、十字軍によるコンスタンティノープル(現イスタンブール)略奪(1204)などを挙げて「カトリックの罪に赦しを請いたい」と謝罪、教義や典礼を巡る千年近く続いた東西対立に和解の期待が生まれた。

 教皇は続く3月12日、ヴァティカンのサン・ピエトロ大聖堂において、ギリシア訪問に重ねて過去二千年間にカトリックが犯した罪を償うミサ聖祭を司式した。教皇は「歴史上、あなたがた神の子(ユダヤ人)を苦しめた行為を深く悲しみ、赦しを求め、真の兄弟愛を誓う」、「十字軍遠征、異端審問などカトリックの教えに背き、敵意を持ち、暴力を働き、非道な行いにはしったカトリックの歴史に残る行為に赦しを求める」、「別けても大航海時代からのアフリカ、アメリカ大陸などへの宣教活動では、人種、民族を差別し排他的な行いにはしり、先住民や異邦人の権利を迫害、伝統的宗教や文化に対する侮辱的態度、罪深い振る舞いに神の赦しを請う」祈りを捧げたのである(2000年3月13日NHK・毎日新聞など)。

 ヨハネ・パウロⅡは「空飛ぶ教皇」と言われるほど多数諸国を訪問した。その行動が二回の暗殺未遂事件に身命をさらすことにもなったのだが、ヨハネ・パウロⅡは自分の命を惜しまず万人に寄り添う祈りを絶やさなかった。国家元首などの政治・外交の国際的交流とは異なり、超国家次元に居る教皇には、何処を訪れても、カトリック信者の有無にかかわらず、イエス・キリストの継承者であるヨハネ・パウロⅡを待ち受け歓迎する大衆が居た。

3 キリスト教の超国家性

 去る2024年3月9日、現在のカトリック・フランシスコ教皇がメディアとの会見でロシアの軍事侵攻に防戦するウクライナに対して、「ウクライナは白旗を上げる勇気をもって戦争を止めるべき」という趣旨の談話を行ったことが批判を浴びている。

 さらに2023年4月30日、「現教皇は、『ロシアとウクライナの紛争終結に向けた和平への取り組みに関与する教皇庁』を明らかにし『ミッションが進行中だが公表に至っていない』と語った」と報道された(ロイター)。その結果が今回の発言とは思いたくないが、期待外れであった。

 ここにウクライナを訪問し、市民の犠牲者に追悼の祈りを捧げ、負傷者や家族を失った子供たちを直接に慰める行動すら起こしていない現教皇と、ヨハネ・パウロⅡの「キリストの継承者」としての「位格(ペルソナ)」に大きな格差を見た。

 ローマ帝国は、ミラノの勅令(313)でキリスト教を容認、次いで国教化(392)を行った。それは、キリスト教にとって過酷な迫害・殉教を乗り越えたローマ帝国における宣教の勝利であった。中東の片隅に萌芽したキリスト教が「ジオポリティーク」という文脈において地球上に絶大な影響力を持つ「超国家」の始まりであった。ローマ帝国の庇護を受けた絶対唯一神を信奉する「カトリック」は、その言葉の「普遍性」という意味合いのとおり「超国家性」を確かにしていった。

 教皇の教えとその発言は、キリストから聖ペテロに継承されて以来「絶対」であるはずだ。ヨハネ・パウロⅡは、その歴史上の絶対性に過ちがあったことを懺悔したのである。その言動は教皇の絶対性を損なうものではなく、絶対性を強化するキリスト以来のカトリック(普遍性の意)精神が継承されているものであった。

 ところが現教皇は、世界中の多数に「過ちを犯した側に立っている」と解される発言を行った。勿論、プーチンは教皇の発言を歓迎した。「そうではない」とする教皇庁の釈明は「絶対」に対する叛乱である。教皇の言動に過ちがあってはならない。それは、約24億人のカトリック信者が国家や国際システムを超える「超国家性=普遍性=絶対唯一神」を拠り処にしているからだ。

 ナポレオンの戦争は、クラウゼヴィッツが著した『戦争論』によって「戦争は神の啓示」ではなく「政治の継続」として正当性を標榜するRMAを喚起した。そして戦争は「罪悪感」を回避するキリスト教の「錦の御旗」ではない新たな「戦争の正当性」を作り、リベラルな戦争が蔓延する「戦争の世紀」を導いた。この現象はキリスト教の超国家性が導火線になって新たな戦争を喚起したとも言えよう。

 その結果キリスト教は、”Peace be with you” ではなく “War be with you” を導いた。レコンキスタ、十字軍、30年戦争、王位継承戦争、大航海時代の侵略征服戦争、インディアン戦争、別けても現代十字軍、プーチンの戦争は、イエス・キリストの教えに背反するという大きな問題を包含している。

「何故、神は戦争の種子を植え付けたのか?」

 ユダヤ教は紀元前10世紀から紀元前11世紀にかけて、カナン移住のために先住のペリシテ人・カナン人を排除する戦争を起こした。その結果誕生したのがイスラエル王国、ユダ王国である。それ以来今日まで、おおよそ3千年もの間、イスラエルとユダの民は、国を建てては国を失い国を追われる経験を重ねた。「神との契約の地」を取り戻すため、・・・先住の民を排除するのが前提となることに無理があるのだが・・・「ペリシテ人の住む処パレスティナ」を奪う争いを繰り返している。
 イスラエルとユダの民のシオニズムは「神の選民であるユダヤ人のために神が用意してくれた王国」を求める「信仰に基づく王国の復興」であり、保証書がユダヤ教のヘブライ語聖書『タナハ』であった。ユダヤ人の心には、「この世の終末とメシア(ユダヤ人の王)の出現」が王国復興の要件として刻まれ、イエス・キリストが発した「悔い改めよ、天の国は近づいた」の第一声に地上で実現できない神の国の到来を見出してたのではないだろうか。

 イスラム教は宗教自体が国家を建設し、生存圏を確保する聖戦によってイスラム帝国建設に至った。しかし、第1次・第2次世界大戦・冷戦後、戦争の主たるアクターであったキリスト教国家がイスラム諸国領域を切り別け民族、部族、宗教を分断して収拾せず撤退した。このため、民族、部族は、権力闘争の内紛、イスラム教教義と現実の乖離が原因の暴力的衝突、差別などの混乱に苦しんでいる。
 別けても中東レヴァントの混乱は民族、部族のナショナリズムを高揚させ、あるいは体制派・反体制派の対立によって武力紛争を喚起して非戦闘員の「避難民」が大集団化した。別けてもイスラム難民のヨーロッパへの移入は、ヨーロッパの人々にとって西ローマ帝国の滅亡、ムスリムがヨーロッパに侵攻したレコンキスタ、あるいはモンゴルの征西で発生したタタールの軛の歴史を思い起こす脅威の感受と警戒心を掻き立てることになった。

 国家体制の相違あるいは時代精神の変化による国家、国際秩序の多様化とその現象がもたらす混迷は、今日に限られた様相ではなく、歴史的にはいつの時代にも生じていた。他方、キリスト教世界では、二千年間も体制が不変で固有の超国家集団の伝統的秩序が一貫して維持された。
 しかし、社会の多様化や新たな秩序との相克が無かったわけではなく、嵩じて戦争に発展することもあった。その代表的な変革の争いが宗教改革であり三十年戦争であった。三十年戦争は領邦国家に国境をもたらし「主権思想」を植え付けた。それはがヴァナンスという文脈の主権平等時代をもたらしたのだが、キリスト教世界では戦前の「国境線が定かではない、主権が『王権神授』にコントロールされる『超国家』が続く」のであった。