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スコットランド日和⑫ 1年の幸運を願うfirst foot

 スコットランドのエジンバラで研究生活を送っている阿比留久美さん(早稲田大学、「子どものための居場所論」)の現地レポートを連載します(月2回程度の更新予定)。
 ★「子どものための居場所論」note はこちらから読めます。
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 年末年始は、世界中あらゆるところでさまざまな行事がおこなわれますが、スコットランドは大晦日をHogmanay(ホグマネイ)と呼び、年末年始をとても盛大に祝います。

 その由来は400年前にさかのぼり、プロテスタントであるスコットランド国教会がクリスマスを祝うのはカトリック的であるという理由でクリスマスを祝うことを奨励しなかったため、そのかわりにHogmanayを盛大に祝うようになったようです。Hogmanayという言葉は、イギリス全体で使われているわけではないようで、スコットランドの人が、「イングランドの友だちにHappy hogmanayと言ったら、きょとんとされた(Happy new yearと言うような感覚でHappy hogmanayと言うのですね)」と言っているのを聞いたことがあります。

 そんなスコットランドには、お正月にfirst foot(ファーストフット)という慣習があります。これは、年が明けて最初に誰かの家に来る人(first footer)が、贈り物をもってその家を訪れるという慣習です。

 なぜ、わたしがこの慣習を知ったかというと、日本びいきの友人と年末に会った時に、お雑煮や日本風のお正月の食べ物を食べるので一緒に日本の伝統的なお正月を祝おうということになり、元旦に友人が私の家に来た時にfirst footの贈り物をもってきてくれて、この慣習を教えてくれたからです。元旦の日、友人は、私の家の玄関で「あけましておめでとう!」というと同時に、「私たちがあなたの家に今年最初にきた人かしら?」と聞いてきて、そうだと答えると、コインと石炭とお手製の食べ物とウイスキーを渡してくれました。

 first footerが持っていく贈り物はだいたい決まっていて、おせちと同じような意味をもっています。それぞれの贈り物がその家の幸運と繁栄を願う意味をもつものになっていて、たとえばコインは金銭的な豊かさ、石炭は家が暖かくあること、食べ物は食べるものに困らないこと、ウイスキーは繁栄や陽気さを表します。おせちでも、数の子が子孫繁栄、伊達巻が学業成就、栗きんとんが金運上昇、昆布巻きが子孫繁栄や不老長寿を示していたりして、それぞれの食べ物にすべて意味があります。友人にfirst footの贈り物の意味を教えてもらいながら、地域は違えど、願うことは共通するのだなあとしみじみ感じました。

コインと石炭。これに手づくりのチャツネとウイスキーをいただきました

 日本の伝統的な文化を一緒に味わおうと思ったら、私のほうがスコットランドの文化を教えてもらうことになり、しかもウイスキーまでもらってしまい、嬉しいながらも、恐縮してしまいました。

 first footの特徴は、人を招いてその人からその年の幸運や繁栄を祈ってもらうというところにあるように思います。おせちの場合は、自分たちでおせちを準備して、家の幸運と繁栄を願うので、いわば家庭内で自己完結することが可能ですが、first footの場合、他者を招かないと成立しません。

 また、プレゼントはその家の人みんなに対する贈り物です。サンタクロースもお年玉も多くの場合は子ども時代の特権ですが、大人になってもこうやって幸運を祈ってもらったり祝われる機会があるというのはわくわくする楽しいことで、いいなあと感じます。

 私は、スコットランドでユースワークというインフォーマル教育/ノンフォーマル教育、対人援助の研究をしています。そのため、出会って親しくかかわる人もユースワーク関係の人がほとんどで、人とかかわるのが好きな人と会っているという偏りがあるとは思うのですが、スコットランドではプライベートな話をしたり、家の行き来をしたり、家族ぐるみでつきあうことのハードルが低く、人とのつきあいを大切にする印象があります。

 イギリスはカード文化があるとしばしばいいますが、実際、スーパーにもたくさんの種類のカードが売っていて、カード専門店もめずらしくありません。誕生日カードひとつとっても、年齢別のカード(子ども時代は1歳から20歳くらいまで年齢ごとのカードがありますし、大人になっても30歳、40歳…80歳と節目の年齢ごとのカードがあります)や関係別のカード(友人、恋人、娘、息子、母、父、妻、夫にとどまらず、甥、姪、祖母、祖父とあらゆる関係のカードがあります)があったりして、多種多様です。そんなカード文化に象徴されるように、身の回りの人を気にかけ、実際に表現する文化があるように感じています。

 そんなことを感じながら暮らしていると、たまに、この国で孤独であるという状態はその人にどういうことをもたらすのだろう、とふと考えてしまうことがあります(イギリスでは2018年から孤独担当大臣が置かれています)。にぎやかで楽しいお正月を過ごしながら、このお正月も、そんなことをあらためて考えてしまいました。

★First footについては、以下のサイトで詳しく説明しています。
The Scotsman ‘What is First Footing? Where the Scottish Hogmanay tradition comes from and common first footing gifts’

阿比留久美『子どものための居場所論』
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