イスラム圏で素材の味を生かした一品「国境の夜想曲」

映画を見終わった後、「あのシーン良かったなあ」と感慨に耽ることがありますよね。そこに至るまでに考え抜かれた脚本、構図、ライティングやサウンドなど全ての要素が一体となって我々に向かってくる感覚は如何ともし難く、そこで感じられる快感を求めて次の作品、次の作品へと名作を探す旅は続きます。残念ながら今回紹介する作品はここが良かった!と皆さんの意見が一致することはないでしょう。なぜならどのシーンも素晴らしいからです。

この映画を見ようと思ったきっかけはとある映画の予告映像でした。イスラム系の国の映像が流れました。扉からゾロゾロと出てくるオレンジ色の服を着た人たち。不穏な空気を感じます。私の頭の中にはイスラム国により処刑された人の映像が浮かんできました。カットが変わり、子供が絵を描いていました。銃を持った大人とそれに怯える人の絵。なんて絵を書かせるんだと思いました。心が揺れ動く多感な時期に酷い経験をしたことをその絵は如実に描いていました。私が覚えているのはそれだけですが、映画全体が放ってきた不穏な空気やイスラムという日本にあまり馴染みない世界を知りたくてこの映画を見ようと決意しました。

今から映画の内容について触れます。初見の印象を大切にしたい方はご注意ください。

この「国境の夜想曲」という映画はシリアやイラクで撮られたドキュメンタリー映画です。我々の偏見とも言えるイメージではシリアやイラクはイスラム教の怖い国ではないでしょうか。実際侵略、圧政、テロリズムといった恐怖に支配されている地域ではありますがみんながみんな怖いわけではありません。私はイスラム教徒の留学生が近くにいたため、そのことをわかっていますがイスラム教について「よくわからないけど怖い」と思われている方は是非この映画を見てください。

私がこの作品を見て感動したのは”本当に現地の姿ありのまま”という点です。ドキュメンタリーというのは監督の思想の集合体であり、カメラを意識した非日常の被写体が映し出されるものだと考えています。監督のイメージした世界観を現実から切り取ってきて編集し作られていく。被写体はカメラを意識しながらも自然に振る舞う演技を行う。編集者はそれをより自然に見せる編集を行う。そうやって作られていくものだと思います。しかし、国境の夜想曲ではそれが微塵も感じられません。3年以上の歳月をかけて作られたと謳われていますが、カメラがそこにあることが自然になるまで溶け込み、撮影を行ったのだと思われます。

監督の意志すら透明に見えるこの作品は人によって様々な感想を抱くのではないでしょうか。アラブの春やイスラム国などの背景を通して自分の境遇と重ねて感じる人もいるかもしれません。私はそのような背景に疎く人生経験も浅いため、「ひたすら綺麗な映像だなー」とアホのような感想しか抱けませんでした。それでも、映像の中の登場人物たちに感情移入することはできますし、自分がそういった環境に置かれていたらどう振る舞うだろうかと想像することはできます。広い世界を知り、分かり合えない人たちを解ろうとする努力はいつまで経っても欠かせない大切なことのように感じます。

さて、この作品は人によっては退屈です。映像は途切れ途切れで何か特別なストーリーが起こるわけではないのです。ひたすら現地の映像が流れるだけです。誰が主人公なわけでもなく、劇的な事件が起こるわけでもありません。気分を高揚させるBGMもないし、人々の会話ですら最小限に収められている気がします。

では、この映画の何が良かったのか?ズバリ言います。映像の美しさです!どこを切り取っても美しく、さながら動く写真集のよう。「あーこの人がもう少し右に寄ってくれたらバランスいいなー」と思ってたらちょうどそこにきて止まり映像が完成するなど、ドキュメンタリーであることを疑ってしまうほど芸術的な映像が次から次へと流れ込んでくるのです。自然の背景や生活している人々が100点満点の完成度で映し出されるのです。しかもそれが、作られた美しさではない(と思わせてくれる)ところに感動してしまいます。現地の人のありのままを極限までこだわって撮られた映像はさながら一流料理人による「素材の味を生かした一品」。この芸術作品は深く何度も味わいたいとおもい、人生で初めてパンフレットを購入しました。残念ながら写真集のように映画のシーンが切り取って集められているわけではありませんでした。しかし、各シーンの説明があり映像を思い出すのに役立ちました。また本作品監督であるジャンフランコ・ロージさんと「ドライブマイカー」の監督濱口竜介さんの対談など、この映画をより楽しめる内容になっていました。

この作品は2022年2月に公開されています。私が知ったのが遅かったため感想を書いても公開が終了していては意味がないかなと躊躇していましたが現在執筆中の4月2日でも公開している映画館はあるようです。もしご興味ありましたらこちらのホームページなどからご確認ください。

最後に注意事項です。上述したようにこの作品は人によっては退屈です。ストーリーは途切れ途切れで山場が存在しません。映像は綺麗ですが、音は静かです。映画館は周囲が暗くなります。つまり睡眠に最適な環境が整ってしまっています。万全のコンディションで臨んでほしいと思います。疲れてうっかり寝てしまわないようにしてください。私が見た回では、後ろからおじさんのいびきが聞こえてきました。携帯のバイブレーションですら響き渡るほどの静寂もありますので他の方のご迷惑にならないようお願いします。私はいびきがノイズになりすぎてすごく悔しい思いをしました。まだ公開されていることを知り、2週目いくことは確定しています。

ここまでお付き合いいただきありがとうございました。よき映画体験を!


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