短編小説『焼きそばパンによって生まれた地球』

はじめに

挨拶ですので、小説すぐ読みたい人はここすっ飛ばして、目次から小説読んでください。

僕は松竹芸能所属のピン芸人、そして書店で働いている現役書店員芸人のカモシダせぶんです。

はじめまして、もしくはお久しぶりです。お笑いのネタを書くのもやるのも好きで、本を読むのも好きで。チャレンジで去年生まれて初めて短編小説を書いて、初めて出版社のweb小説賞に投稿しました。

こちらの集英社「ディストピア飯小説賞」に投稿したんですが最終選考12作に残りました。

この上、佳作(5作)に行ってればwebに掲載。

更にその上、入選(2作)になればweb掲載+賞金でした。

最終選考は審査して頂いた方の評価コメントが掲載。これもありがたい。

とはいえ、時間かけて書いた小説なので、人の目に見せた方が良いなと思って今回全文公開することにしました。

まとめると、この小説は投稿された全230作中、8位~19位だった小説です。

良い所があったから最終選考。悪い所もあったから最終選考。そういう目で楽しんでいただければ幸いです。


『焼きそばパンによって生まれた地球』  カモシダせぶん

 パシリが、番長に献上するものと言えば「焼きそばパン」と相場が決まっている。
 そして焼きそばパンはダッシュで買いに行かされるものである。パシリは皆、走っている時の学ランの硬さを鬱陶しく思う。
 ここに一人のパシリがいた。
 「はぁ……はぁ……あれ?いない?焼きそばパン、買ってきたのに……吉岡さん?吉岡さーん!」
 お使いを終え、公園まで戻ってきたパシリは番長である吉岡を呼ぶ。
 「遅いぞ!パシリ!」
 路地裏から現れた吉岡はパシリを見るなり怒鳴りつけた。
 「オレが焼きそばパン買いに行ってこい!と言ったら三十秒以内に買ってこれるだろ!?」
 「……はい!行けます!」
 「何だ今の間は!」
 「すいません!」
 「で、それが、焼きそばパンか」
 「はい、こちら西暦二〇一八年、個人商店で購入した焼きそばパンです」
 「二千年前の……」
 西暦四〇一八年、科学技術の発展により、人類が保っていた様々な文化が大きく変容した。生まれて数日で体の九割以上をサイボーグ仕様に義体化するのが通例になり、それによってサイボーグの味覚専用の新しい食物が製造され、この食物は安易に作りやすく、コスト、時間がかかる過去の食物の殆どが絶滅した。
 吉岡は自ら番長を目指し、体を鍛え、ガラの悪い学生たちのオンラインスペース、時には無くなりつつあるオフラインの「集会」にも顔を出し、番長になった。憧れが故に過去の番長についての文献の研究も怠らなかったが、その行為が千年前までは「オタク」と呼ばれる番長から搾取される方の人間がやる事だとは吉岡も周りも分かっていない。パシリは、そんな吉岡から「古き悪き番長を追体験したい」という理由のために、焼きそばパンを買いにタイムワープダッシュをさせられていた。
 「タイムワープダッシュなんだから、過去に戻る前の時間覚えていればオレは待たなくて済むだろ。なんで二十分かかったんだよ。」
 「すいません、電子ドラッグが効きすぎて帰る時間曖昧になってました……」
 「しっかりしろよ」
 タイムワープダッシュは基本的には専用の乗用車でしか出来ないが、吉岡が遊びでパシリに電子ドラッグを致死量近くまで投与した時、パシリは急に走り出し、義足の加速能力、電脳内の処理能力が天井を超え、個人のスペックでタイムワープダッシュを可能にした。
 「これが焼きそばパンか……」
 改めて吉岡は過去の番長の象徴、焼きそばパンを観察する。
 「資料が古かったり、データが破損してたりで文字でしか知らなかったが、こんな見た目なんだな」
 「僕らが食べてるカプセルとは全然違いますね……」
 「いや、これも形は大きいカプセルみたいだぞ」
 西暦三〇〇〇年代後半から世界で空前の食感カプセルブームが起きた、カプセルを舌の上に乗せただけで電脳を通じて口内に様々な味、歯ごたえまでも広がっていく。かつ義体での生命活動に不可欠な栄養素や電力も補給可能、人々の食卓に並ぶのは主食もおかずもカプセルになっていた。
 「大体なんだその服、気持ち悪い」
 「これは向こうで学ランと呼ばれてる学生が着る制服です。この時代の服だと流石に怪しまれるので……」
 「ふん、二千年前の服ってのは分からないな」
 ファンションも義体化された体に合わせ服の各所にケーブル接続用の穴が空いている。四〇一〇年代以降の義体は腹から足にかけてと、肩から首にかけては無数のケーブルが伸びている。その状態すらオシャレに転嫁され、若者は引っ張って余らせる。吉岡とパシリの通っている高校では余分なケーブルは2センチまでしか許されていない。当然吉岡はダルダルにケーブルを出している。
 「このフカフカしたやつが本物のパンか……カプセルでしか食ったことない。このケーブルは?……」
 「吉岡さん、そのケーブルも食べ物です、焼きそばっていうらしいです」
 「えぇっ……こ、これも食べるのか……」
 吉岡は怖気づく。二〇一〇年代の人間の感覚だと「血管を食べる」ような想像をしていた。
 「パシリ、この焼きそばパン、なんでエネルギー結晶体が上に乗ってるんだ」
 「それも紅ショウガという食べ物らしいです」
 四〇一〇年代の義体の左胸にはエネルギー結晶体と呼ばれる小型の動力コアが内蔵されている。機械ではなく、人工的に作られた鉱物であり、文字通り「心臓部」に当たるコアなので精神的な名残で赤く着色されている。
 「お前、これ、なんちゅうビジュアルなんだよ!」
 「僕に言われましても……」
 「まぁ、でも食べるか。衛星が落ちるの、もうすぐだし」
 「衛星?」
 「いやパシリ、なんのために買ってきたんだよ。てっきり過去に行ったまま逃げたかと思ったぞ」
 「逃げる?……なんでですか?僕、過去に行って焼きそばパン買って来いとしか」
 「そうだよ!今日人工衛星が地球に落ちて、人間殆ど死んじまうから、最期に番長らしく焼きそばパン食っておきたいって話だろ?」
 「……僕がいた四〇一八年じゃない」
 パシリが過去に戻る前、巨大人工衛星が墜落するという事実はなかった。その時の吉岡もただ昔の番長のマネをしてみたいという興味でパシリを過去に走らせていた。終わりゆく人生の最期の晩餐を買ってこい。そんな要求はパシリは全く聞いてない。
 「未来が、変わった?……」
 一九六〇年代、気象学者のエドワード・ローレンツは「一匹の蝶の羽ばたきによる小さな風が、遠くの気象現象に影響するか」と世界に投げかけた。二〇一八年、誰かが買って食べたであろう一つの焼きそばパンを未来から来たパシリが買う。その誰かはその日焼きそばパンを食べずに別のお昼ご飯を食べる。この小さな歴史のひずみは二千年という途方もない時間をかけて大きなヒビになり、地球に巨大人工衛星が落ちる原因となった。
 「僕が、焼きそばパンを買ったから……」
 パシリは頭を抱えた。
 「さっきからずっと何言ってんだお前。とりあえず焼きそばパンよこせ」
 「あっ……」
 強引にパシリから焼きそばパンを奪い取った吉岡はまわりのラップフィルムを外し、まず匂いを嗅いだ。
 「これは……なんだ!りんご?玉ねぎ?プルーン?」
 「いやいや吉岡さん、麺とパンとショウガだけですよ」
 パシリが焼きそばパンを買った店はコンビニではなく、パン屋だった。その土地で二十年以上地元で愛されていたパン屋。店主の女性が二〇二九年に亡くなり潰れるまでメディアで一回も紹介されなかった普通のパン屋でもあった。
 そこのパン屋では昼前に生麺を大鍋にいれて焼きそばを作る。些細なこだわりとして、粉ソースではなく市販されてる液体中濃ソースを多めに麺に絡めて炒める。
 吉岡が嗅いだのは、主にソースの匂いだ。中濃ソースには玉ねぎ、人参、トマト、りんご、レモン、プルーンが入っている。
 四〇一八年の人間も過去に絶滅した野菜や果物などの素材の味は食用カプセルで楽しんでいた。検索さえすれば、化学工場で過去のデータベースを参考に味が作られカプセルに注入、数時間後には舌の上に届く。吉岡もりんごや玉ねぎの味だけは知っている。
 だが吉岡は数百年ぶりに本物のりんごや玉ねぎの香りを嗅いだ人類になった。ソースの隠し味達が表立って吉岡の電脳を激しく刺激する。
 「これは、これわあああ!!」
 「吉岡さん!?」
 焼きそばパンを持つ吉岡の右手が激しく痙攣した。電脳が未知の物質に対して危険信号を全身に伝える。それでも吉岡の体にある、一割以下の「人間の部分」が焼きそばパンを手から離さず、口元に運んでいく。
 「吉岡さん!それヤバいですよ!無理して食べなくても……焼きそばパン、手に持ってるだけでも番長っぽいですよ!むしろ買いに行かせたパシリの前で投げ捨てた方が酷くて番長らしいかも」
 「うるせえ!静かに食わせろ……」
 心配するパシリを横目に吉岡は焼きそばパンを口に含んだ。一噛み。
 はじめに、コッペパンのフワフワが吉岡の歯に伝わる。人間にとって、というより生き物にとって食感や味覚というのは大きく言ってしまえば脳のまやかしだ。四〇一八年の主食になってる食感カプセルはそのまやかしを徹底的に再現するために研究され、その成果は支持された。だが吉岡は今の一口でカプセルで得たまやかしのパンとは全く違うものを感じた。それは本物だからか、もしくは初めて右手に食べ物を持ったまま口に入れたからか。だとすれば人間は「手」でも「味」を感じているのかもしれない。
 ほどなくしてすぐに吉岡の歯は焼きそばにたどり着いた。少し力を加え、噛み切る。焼きそばはソースを多分に含んでいるため辛めで濃く、少しだけ水気が残っていた、だがこれはコッペパンの甘さと吸収力を見越しているからであり、この麺は厳密に言うと「焼きそば」ではなく「焼きそばパンのための焼きそば」だった。一口だけで甘さと辛さが交互に楽しめ、また口の中だけで完結する食感カプセルでは体験できない「のどごし」も焼きそばによって吉岡は初体験した。
 吉岡が焼きそばパンを口に含んで飲み込むまで5秒、人工衛星がもうすぐ落ちる絶望的な空気に包まれたこの地球において、吉岡の周りにだけ悲しみとは違う静かな空気が流れていた。
 「うぅ、うぅうおうおう……」
 「吉岡さん?」
 「美味すぎる……」
 唸り声をあげながら一口、また一口と吉岡は焼きそばパンを食べる。二千年前の食べ物に義体は全身で拒否反応を示した。人工皮膚は剥がれ、間接部位は熱を持ち、チューブが溶けた穴からは生命維持に必要な体液が漏れだしていく。それでも、吉岡は焼きそばパンを食べ続けた。
 「吉岡さん、もう……」
 特に顔面部の損傷は激しく顎が曲がり原型が分からなくなっていく、吉岡は何とか噛み合わせられるように左手で下から押し込み、紅ショウガも味わった。
 「結構からい……」
 吉岡の体から煙が上がった、確かにコッペパン、焼きそばに比べて、紅ショウガは刺激が強い。二〇〇〇年代以前でも除けて食べる人間も中にはいた。だが吉岡はこの紅ショウガがあるからこそ焼きそばパンが番長の食べ物になったのだと考えた。人生は、ほどよいつらさと、ほどよい甘えがある。そこだけでは満足できず更に大きな刺激を求める人種、それが番長なのだ。今、焼きそばパンを食べて、義体がそこかしこで悲鳴をあげ、爆発しそうになっている自分は「本物の番長」に成れたと自覚した。
 最後の一口はコッペパン多め、焼きそばが四、五本の優しい味だった。
 「おいしかった……ごち、そう、さん」
 笑顔で言い終わると同時に、吉岡の頭頂部は破裂し、オーバーヒートの末分解された電脳の部品が物凄い勢いで飛び出していった、目や耳や鼻も、黒ひげ危機一髪のように空中に発射され、床に着く前に破裂した。胸は溶け赤いエネルギー結晶体がだらりと前に垂れ下がっている。それでも彼が食べた焼きそばパンは口外にも、体外にも麺一本も出なかった。最期まで全身で味わいたいという彼の遺志のように。
 パシリは吉岡の壮絶な最期に言葉が出なかった。数分ほど立ち尽くし自分が犯してしまった大罪を後悔した。彼が焼きそばパンを買ったばかりに生まれたこの世界の地球はもうすぐ死を迎えてしまう。もう一度生きてる吉岡さんに会いたいと願ったパシリはポケットに入った電子ドラッグを口に含み、二〇一八年へ走り出した。
 三回目のタイムワープダッシュで時空間を走っている最中、パシリの周りに彼の電脳内にある記憶映像が背景のように流れていった。初めて吉岡さんと目が合った瞬間に義体をハッキングされ電子マネーをカツアゲされた時。生まれてすぐ乳母アンドロイドの八つある人工乳房の内一つを吸っている時。これらの映像が連続してタイムワープしたことで発生したのか、はたまた電子ドラッグによる幻覚なのか、パシリには分からなかった。

 二〇一八年に再び来たパシリ《パシリ(再)》は「初めて二〇一八年に来るパシリ《パシリ(初)》」を待っていた。彼が来たのを物陰から確認し、混乱を避けるため直接会わず、無線でメッセージを送った。君(自分)が焼きそばパンを買ったために未来が変わり、地球に巨大人工衛星が墜落してしまい、それよりも酷いことに吉岡さんが死ぬ。だから今すぐ引き返せ。
 パシリ(初)はメッセージを確認すると、少し考えこみ、近くの学校に侵入し学ランを調達、パン屋に向けて歩き出した。
 「おいおい!帰らないのか……」
 パシリ(再)は驚いた。何故だ、自分自身からの警告よりも吉岡さんからの指令を遂行するのか、それもまたパシリという生き方の一つではあるが……いやもしかしたら自分には破壊衝動があったのかもしれない……ただ今の自分はどうしても生きている吉岡さんに会いたい。こうなればパシリ(初)が焼きそばパンを買う前に殺してしまうべきか。そこまでパシリ(再)が考えたところで、パシリ(初)はパン屋の前に到着した。
 パシリ(初)は一人、パン屋の外ガラス越しに焼きそばパン十分間凝視し、別のパンを少し見て、もう一度焼きそばパンを数分見る。パシリ(初)はメッセージを受け取ってから焼きそばパンを吉岡さんに届けないと決めていた。その代わり焼きそばパンを体験できない吉岡さんのために視聴データの確保や、実物を見た感想を電脳でまとめ、それが終わると、全力で走り出し未来へ消えた。
 パシリ(再)は、ホッとしたと同時にパシリ(初)が数秒目移りしたパンが気になりパン屋のショーケースを覗いた。パシリ(初)が見ていたのは、桜あんパン。四〇一八年に桜の木は一本も存在していなかったがパシリ(再)は少し前にこれとそっくりな映像を見ている。乳母アンドロイドの人工乳房だ。赤子の口が付いた瞬間に母乳がでるため人工乳房には乳頭が無く中心に穴が空いている。そのビジュアルの相似に気づいたパシリ(再)は、一回目のタイムワープダッシュの時に生誕時の映像を見ていないパシリ(初)が無意識の中でこのパンに母性を感じていたのかと察して、改めてこの時代の「パン」が自分の中の生を意識させられる食べ物だと感慨深くなった。そして過剰な生は死を招くとパンによって学んだ。
 「行くか……」
 四回目のタイムワープダッシュの最中では周りに映像ではなく無数の光線がパシリの走る方向に流れていった。それを見ながらパシリは吉岡の食べた,焼きそばパンを思い出す。様々な選択の数だけこの現実や自分の人生は無数の線、いや無数の麺になり、しかしどの麺も世界というコッペパンにがっちりと挟まれている。例え短くても美味しい麺として生きていきたい、そう考えた所でパシリはボロボロの両足で四〇一八年に到着した。

 「おうパシリ、戻ってきたか」
 「吉岡さん、お待たせしました。今は……遅刻してませんか?」
 「ん?まぁさっき行ってすぐ戻ってきてるから遅刻はしてないな、というより遅刻なんかしようがないだろ」
 「良かった……」
 「で、焼きそばパンは?」
 「すいません吉岡さん……焼きそばパン、買えませんでした」
 「はぁ!?買えなかったってお前ふざけんじゃ、あれ?お前足どうした?タイムワープダッシュってそんなヤバいの?」
 パシリは安堵する。吉岡が自分の安否より先に焼きそばパンの有無を確認したことに。これこそが番長、手下よりも自分の目的。そしてその目的の壮大さ、そこにパシリは惚れ込んでいた。改めてパシリが自分の義足をみると短期間での連続タイムワープダッシュによるオーバーヒートで変形し、人工皮膚と外骨格も一部剥がれ、むき出しになった部品は発熱で赤くなっている。
 「ベーコンエピみたいだ……」
 「ベーコン、何?」
 「僕が入ったパン屋にあったパンです」
 「そんな別のパンはどうでもいい。なんで焼きそばパン買ってきてないんだよ」
 「僕が焼きそばパンを買うと、吉岡さんが死にます」
 「死ぬ?どういう事だよ、ちょっと首貸せ」
 そういうと吉岡は自分のケーブルの一つをパシリの首にある穴に挿した、そうしてパシリの記憶を読み込む。
 「なるほどな。オレを生かすために、地球を守るために、焼きそばパンを買わなかったのか」
 「はい……」
 「バカ野郎!」
 「ひ!!」
 いきなり怒鳴られたパシリは緊張した、事態を理解して褒めてくれるかもとすら思っていたので、逆をつかれていつも以上に反応した。
 「お前が二〇一八年で変わった過去を直すんじゃなくて、更に過去を変えれば、人工衛星も落ちないし、オレも焼きそばパンを食べても爆発しなくなったかもしれないとか考えなかったのか!」
 「え?そんなぁ……」
 「大体なんであんなグロいものオレ食べたんだ……いや、焼きそばパンをグロいと思う今のこの世界が、変なのかもしれない。だからお前が二〇一八年で、待てよ、そもそもお前が最初の二〇一八年で別のパン屋で焼きそばパン買ったり、なんならこの可能性を見越して焼きそばパンを店で買わず、自前で作ったりすれば【人工衛星が落ちる地球】なんて歴史は生まれなかったかもしれねえじゃねえか!」
 「すいません……」
 とんでもなく理不尽なオーダー、だが何割かは正論。正論の部分があるからパシリは逆らえない。そしてこの正論を自分では決して思いつけないし行動にも移せない、そういう人間がパシリなのだ。
 「持って帰るのも映像とか感想だけじゃなくてなんか番長っぽいお土産とかも持って来いよ!文献見たら、二千年前の番長はメリケンって武器使うんだろ?あ!パンはメリケン粉から作る。とも書いてあった!つまりパンこそ番長の食い物なんだよ!それをお前……おいパシリ!聞いてんのか!」
 パシリは泣いた。
 目の前にいる大事な番長、吉岡さんが生きて怒鳴ってくれることに感謝して泣いた。
 パシリは泣いた。
 自分が焼きそばパンを買いに行ったことで生まれた並行世界。その地球に住む全ての命が滅亡するであろう未来に泣いた。
 パシリは泣いた。
 義足のダメージは深刻で生体部分も著しく損傷している。義足や全身義体を取り換えても、もう過去に向かって走れないし、普通に歩ける可能性すら高くない。そんな自分を吉岡さんはいずれ見捨てるだろう。並行世界であんなに幸せそうに顔を爆発させ文字通り破願して死んだ吉岡さん。これからの自分の人生全てをかけてもあの焼きそばパンの幸せに勝てる出来事は絶対に起きない。自分も吉岡さんを追いかけて爆発するべきだった。何故焼きそばパンを吉岡さんだけにではなく、こっそり自分にも買わなかったのだろう。パシリに徹した自分を恨んだ。
 パシリは泣いた。
 大粒の涙の一筋は一本の太麺のようだった。

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