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帰りたくない【短編】

家に帰りたくない。

ふいに、そう思った。
彩子(あやこ)が子ども達を幼稚園へ送った後、その帰り道のことだ。

慌ただしい朝。家族のお弁当を作り、子ども達を急かして準備を整え家を出て……散らかっているあの部屋を見るのが、萎えるなあ。
ああ、帰りたくない。
そう思ったら、嫌になったのだ。

彩子はふらふらと寄り道をした。
朝九時。開いているカフェへ入り、温かい紅茶を頼んで一息休憩する。

ああ、余計なものが目につかない。
なんて楽なんだろう。
片付けしなきゃ洗濯しなきゃと思わなくていい。
ゲッソリしなくていい。

スマホをいじりながら、紅茶を飲んで、ぼんやりして。
そして、ふっと思うのは。
家に帰ったら、洗濯をしてテーブルを片付けて食器を洗って掃除をして……子ども達のお迎えまで何ができるだろう。

時間とやること、やりたいことに追い立てられて。
流し見るネットに一喜一憂して。
疲れた、と思う。

そんな大したことはしていないはず。なのに、疲れている。不思議だなあ。

先日、夫には考えすぎだと言われた。
なるほどなるほど、と、その時は納得した。
行動するよりも考えて頭を使うほうが疲労、消耗は激しいのかもしれない。
これだから、考えすぎだと言われてしまうのだ。

さて、と小さく息を吐く。
紅茶も飲み終わった。
今日はここまで。
さようなら、自分を甘やかす時間。

彩子は伝票をくしゃりと掴んで、席を立った。

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