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かわいい弟


こんにちは。
訪問看護ステーションlifeで看護師をしている田代さとみです。
歴代のあだ名は
さとちゃん
さとみちん
サティアン
トミー
です。給食でさといもが出た時だけ、さといもと呼ばれたことがありました。
どうでもいい情報でしょう?ふふふ。

今回は訪問看護の話ではないのでご了承ください。
家族を亡くした話です。
自分を癒すために書きます。


私には年が4歳離れた弟がいます。
その弟が、先日旅立ちました。
昨年末くらいに癌であることがわかり、年明けから東京の病院に転院して治療していました。
たった1人で、完治を目指して臨んだ入院生活。
がんの進行と抗がん剤治療のダメージは想像以上で、最期は間質性肺炎になり苦しんでいました。
残された時間が限られているので、急いで退院の準備に入り、救急車で東京の病院からこちらの病院へ移動しました。

一度も自宅に退院することなく治療に励んできた弟。
やっと郡山に戻ってこられた。
鎮静剤の効果と低酸素状態の影響で朦朧としていたけど、転院した当日はまだ意識があり、少し話すことができました。

私たちを認めると笑顔を見せて手を上げました。
「おう、来てたんだね」という感じ。
夫が連れてきた子供たちをみて「かぁわいいなぁ」と言って目を細め、
「絵、ありがとうね」と、東京の病院に送った子供の絵に対するお礼を述べる弟。
真面目でいいやつである。
ずっと伝えたかったんだろうな。
体位を変えたり、ポカリを飲ませたり、汗を拭いたり。
家族ができることはほんの少ししかないけど、生きてくれているだけで安心しました。
病によって代謝が亢進し、食事も思うようにとれず、すっかり痩せてしまった体。
その体全部を使って呼吸する弟。
ただただ楽にしてあげたい。

みんなと話したあと、「少し、休むから」と言って、眠りにつきました。
これが、意識がある弟と私が交わした最後の言葉になりました。
疲れたから少し休もう。
そんなつもりで目を閉じたのだろうと思います。


痛みと苦しみから解放されて静かに眠る弟の綺麗な顔。
透き通るような白い肌。
すっとした鼻。
見れば見るほど愛おしく、悲しみが込み上げます。
いくら名前を呼んでも、頭を撫でても、眠ったまま。

本当によく頑張ったね。

あの体で生きているのは難しかった。
それは十分わかっている。
でも、やっぱり治してあげたかった。
生きていてほしかった。
完治は難しかったかもしれないけど、一度くらい、歩いている姿を見たかった。
退院する時に履くためのスニーカーを、子供たちの絵と一緒に送ったのに。

東京の病院へ向かう日の朝、病院の玄関で夫と私は弟をハグしました。
「いってらっしゃい。がんばれ!」
もう一回ハグするぞ!と思いながら。
今度はおかえりと喜びのハグをするんだ。
それからの日々は、祈りの日々。
タチの悪い病気に選ばれてしまったけど、奇跡が起きることを信じていました。
毎日弟の回復を祈っていました。
必ず良くなるし、この病を乗り越えた君の人生は必ず素晴らしいものになるよと、励ましました。

願いは叶わなかったけど、わたしに多くのことを教えてくれました。

弟が『そばに置いておいて』と譲らなかったリュックの中から、治療中に書いていた日誌や手帳が出てきました。
治療と自分の体と真剣に向き合っていたことがわかります。
日誌の中に、

だいじょうぶ
つらい
とてもつらい

を選ぶ欄があって。
つらいのところに何重にも重ねてまるがつく日が続いている。
とてもつらいを選ばなかった弟の強い信念が、ボールペンの筆跡から伝わってくる。
確かに辛いけど、まだ、耐えられる。
そんなふうに自分に言い聞かせていたんじゃないのかな。
郡山に戻る前日まで記録は続いていて、その先数日分の日付が書いてある。
日付の分までは生きられなかったけど、明日が来ると信じていたことが、日誌から痛いほどに伝わる。
涙が出ました。
治してあげたかった。

弟は、生きるために生きていました。
治ると信じて、最後まで自分のいのちをあきらめなかった。
なんて強くて、なんて尊い生き方だろう。
いのちを持って、わたしたちに生きる力を与えてくれました。
ほんとうにありがとう。
あなたは私の自慢の弟です。
お姉ちゃんにしてくれてありがとう。
また会おうね。

告別式のこと
丁寧な読経の後に、ご導師さまが
『わたしたちは故人が生きたくても生きられなかった明日を生きています。吸いたくても吸えなかった空気を吸っています。そう思えば、何事も有難いことだと感じます』とお話してくれました。
言葉がすとんとお腹に落ちた気がしました。

だからと言って、弟の分まで私が生きようと意気込むつもりはありません。
弟は弟として、自分の人生を全うしたと思うから。
私は私に与えられた役目を果たすのみです。
ただ、私にとっての当たり前は、誰かにとっての願いであるかもしれないという事実がある。
そういうことをわかる人間でありたいと思います。

弟の戒名の中に、『風』という漢字が入りました。
これからは風を感じるたびに、弟を想う。
それはそれで、素敵な人生だなと思っています。

おわりに
弟が旅立つ数日前に、私は夫の父を見送ったばかりでした。
夫の父は、わたしの人生の師。
ふるさとから離れた地で会社を始めた夫のことを、心から応援してくれていました。
ふだんは暮らしやいのちを支える立場にある私ですが、そんな私の暮らしの中にも、祈りや大切な人との別れや、いのちを強く感じる瞬間がある。
そういう当たり前のことに気づかせてくれた父と弟に、心から感謝しています。
父のことも弟のこともずっと大好きです。


わたしのとっても個人的な話。
正直悲しみでまだ胸が痛みます。
でも、きっと大丈夫。
今こうしていられることがうれしいです。
最後まで読んで下さりありがとうございます。
幸あれ〜!


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