見出し画像

朝とひとり

 朝の訪れは、毎回私を憂鬱にさせる。
 時計のアラームも鳴っていないにのに、カーテンの隙間から零れる朝日の光で目が覚めたなら、気分は最悪だ。
「ふわ……ぁ」
 欠伸で開いた口を片手で押さえながら、もそもそと布団を出た。
 また、一日が始まる。
 そう思わせる朝が、すこぶる嫌いだった。
キッチンへ行き、ミネラルウォーターの入ったペットボトルを冷蔵庫から取り出し、半分くらいを一気に飲んだ。乾いた身体が芯から潤いを取り戻していくのを感じて、口を離した瞬間、「今日も生きてるんだな」と実感する。
 そういえば、最近ポストの中、確認してなかったっけ。
思い立ち、ボトルを片手に玄関のドアについているポストを開ける。
「うわぁ、どっさり」
中には大量のダイレクトメールと、封筒が二つ。葉書をゴミ箱へ投げ捨て、封筒をびりりと破く。中には電気と水道料金の払い込み用紙が入っていた。電気代は、期限が二日後に迫っている。毎月送られてくるこの紙切れを目にするたび、大きなため息が出た。
光熱費、家賃に税金。毎月支払うこれらお金は、私には生きてることへの罰金の様に思えて仕方がなかった。払いますから、どうか今月も生きさせてください、と知らない誰かに頼んでいるようで。それくらい、今の私の生は覇気も気力も欠いて、弛緩しきっていた。
 紙を封筒に戻してテーブルの隅へ置き、テレビの電源を入れる。適当にチャンネルを変え、一周して朝のニュース番組で止めた。
 どっかで誰かが死んだ。どっかの野球チームが優勝した。聞き覚えのあるメーカーが新作お貸しを出した。
 どうでもいい内容ばかりで、私はリモコンの消音ボタンを押す。何も発さなくなり、映像だけが流れる画面を横目に、煙草とライターを手にベランダの戸を開けて外に出た。
 寝巻のままなせいか、冬の寒さがさっきまで包まれていた布団のぬくもりを一気にかき消した。口元からは吐息が白いもやになって消えていく。
 策に肘を置いて頬杖をつき、煙草に火を付けた。煙と一緒に冷たい空気を肺に吸い込み、吐き出す動作を繰りかえしていると、次第に寝起きのうつろいから覚めてくる。
 煙を燻らせていると、あちこちから音が聞こえてくる。聞き覚えのある、近所のおばさんの挨拶の声。何かの配達だろうか、毎朝よく耳にする原付のエンジン音。集団で投稿する、小学生たちの笑い声。
 私の周りが、街が、動き出していく。
 ふいに、さっき感じたことを思い出した。
 今日も私は、ここに生きている、と。
 灰皿の底で火の付いた煙草を押し潰す。
 ——さて、今日は何をしようか。
 両腕を上へ、うんと一つ大きく伸びをする。一先ず、支払いをしに行かなくちゃ。
 いよいよ本格的に、長い長い、私の一日が始まった。 


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?