【年越しカウントダウン】 あたしはあの瞬間、渋谷にいた。

世間は大みそか。だがあたしには仕事がある。現場はまさかの渋谷。夕方から夜中までの所謂夜勤だ。別に不満はない。これでお給金頂いてるし、誰かと年越しを過ごすという約束も残念ながらないし。なんなら終わったら友達に連絡してみよう、電車も元旦なら動いてるし。

ただ、誤算だったのが、現場が23時前に終わってしまったこと。「本日はありがとうございました。気をつけてお帰りください」って言われたってもう渋谷の街はカウントダウンムードに突入していて凄い人ごみ。オフィスのあった道玄坂から駅前まで人、人、人。
路上に座り込んで酒盛りをしている外国人。相手してくれそうな女の子を探してる男の子数人。お祭り騒ぎに便乗するために来た女子二人。外国人が盛り上がっているのか、時折叫び声が聞こえてくる。
そして意外と飲食店が終わっていて行き場がない。居酒屋はオヒトリサマには敷居が高いし、マックにはバカみたいに列が並んでいる。コンビニは長蛇の列で店の前には外国人の座り込む。新しい年の始まりを祝うムードとはちょっと違う。

ハチ公口の方までなんとか出てみたが、人混みが凄くて身動きが取れないのなんのって。更に駅前ではスポンサー企業の帽子が配布されていて、それに群がる人々。ゾンビだなあと思った。バイオハザード。混沌。

更に驚いたことにマークシティーの高架下でバリケードが貼られて交通規制。モヤイ像側の人々が道玄坂側に進めないようになっていた。もちろん、渋谷と言えば道玄坂。どうしても道玄坂方面で年を越したい人々からブーイングの嵐。柵に足をかけて上から覗いてみると、本当にバイオハザードのように人々が蠢いていた。時折、バリケードを蹴破り、隙間から逃げ出す人もいて、そのたびに拍手や歓声が沸いた。ここから出せ!帽子をよこせ!でもベルリンの壁はなかなか崩れない。

地獄だ、地獄。平成最後の大地獄。

暴動すら起きそうな雰囲気に怖くなったので人混みをかきわけてマークシティーに沿って坂を上っていった。道玄坂へと向かう横の道路はほぼ封鎖。ただ、運良くビルとビルの間で待機できそうな場所を見つけたので、そこで過ごすことにした。有り難いことに自動販売機もあったので暖かい飲み物も買えた。カイロを腰と首に貼り付けるとそれほど寒さは感じない。時が過ぎていくのをただ待つ。SNSを見ると年末の挨拶が並んでいて、ああ師走なんだってやっと実感した。

ようやくカウントダウンが始まる。あたしは奥まったところにいたから見ることはできないけれど、人々の熱気が伝わってくる。「テン!」とカウントする大勢の声が聞こえる。「ナイン!」と続く。「スリー!ツー!ワン!」という叫び声を合図に上がる歓声。でも花火があがるわけでもなく、どこか寂しい年越し。年が明けるのをひたすら待った。

30分ほどすると混乱もようやく収まってくる。そうだよね、みんな地元帰りたいもんね。1時になると更に人は減った。皆各々に駅の改札口に向かっている。
あたしもすっかり冷えてしまったので吉野家で牛丼を食べてから友達に連絡をした。友達とは無事にその後落ち合って、軽くお茶をしてから帰宅した。

でも今でも思う。あの混沌はなんだったんだろう。何が人を駆り立てたのだろう。
来年の年越しは絶対渋谷にはこない。あたしはそう誓った。

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