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【藝術日記2023】トビチ美術館2023「偶然、ここで。」展レビュー

トビチ美術館2023「偶然、ここで。」展

10月29日、辰野町のトビチ商店街を訪れた。昔ながらの食堂や八百屋、所々の空き店舗が街に溶け込みつつ、真新しいカフェや雑貨店も共存する。今昔の雰囲気が混在するトビチ商店街では、10月14日から11月26日まで、「トビチ美術館2023 偶然、ここで。展」が開催されている。国内外のアーティストが辰野町に滞在し、点在する空き家で個性溢れる作品を制作・展示する、アーティストインレジデンス企画である。

「長野県辰野町の町中を美術館に見立て、飛び飛びの空き家を展示会場とした美術展示を開催します。「空き家の幸(暮らしの不用品)」からインスピレーションを受けた作品たちが展示される国際美術展示です。暮らしの近くにアートや文化の接点を作り、地元の人とアーティスト、アーティスト同士等、様々な対話を通じて、「暮らしの中にアートが普通にある豊かな未来」を目指しています。

「トビチ美術館2023 偶然、ここで。展」ポスターより

トビチ商店街のウェブサイトから、点在する展示会場を地図上に印づけしたGoogle mapを見ることができる。それぞれの会場は一番離れているもの同士でも、歩いて5分ほどでたどり着く。風情がありながら、そこかしこでお店とお客さんの会話が聞こえる商店街の雰囲気は、秋晴れの中歩くのにぴったりな朗らかさを有していた。スマホを片手に、展示会場を示す地図上の風船マークの地点へと、のんびり足を運ぶ。

Google mapの印によると、10月12日時点でアーティストが決まっている会場(赤い風船の印)だけでも、全8箇所あった。この記事では、個性溢れる展示のうち、私が前半に訪れた3箇所を紹介する。

桂林堂B1F – 眞弓優子 さん

展示会場「桂林堂」の入口から1階の空間をのぞき見ると、想像していた以上に、「空き店舗」だった。清潔で、丁寧に保存されているのだろうとは思うのだが、B1階に展示があることを知らせる看板と、トビチ美術館のパンフレットが並べられた机以外、人を誘う装飾は見当たらない。空き家へと侵入する非日常感を噛みしめながら、中の階段を下った。ほの明るい白い地下には、建物が壊されるときに出る、石の欠片のようなものを積み上げた作品が4つ、ひとつひとつ十分なスペースを保って設置されていた。しゃがんでよく見ると、石の欠片には新聞紙や広告のような、紙が貼られているものが多い。

生活や道中、
美味しいご飯や美しい空や川
あらゆる瞬間の断片をパーツに。

眞弓優子さんInstagramアカウントより

作品制作当時にInstagramで発信されている眞弓さんの言葉によると、新聞紙だけでなく、辰野町滞在中に出会ったご飯や自然などの写真も、石の欠片に貼られているようだ。他にも、眞弓さんが滞在中に撮影したと思われる、自然や建物、道、食べ物などの写真が、白い壁に沿って整然と並べられていた。
 眞弓さんのInstagramプロフィールには「Crystallize the moments」とある。今回の作品群は、辰野町のあらゆる瞬間を結晶化したものなのだろう。時間が止まったような静かな地下だからこそ、結晶化された風景ひとつひとつが、時の中で変わりゆくものだと実感させられる。一方で、風景の欠片がバランスよく積み上げられた様子は、背中を押してくれる記憶が生活の中で積み重なり、決して忘れられないさまを想起させ、どこか力強かった。

桂林堂2F - Delphine Mogarra さん

眞弓優子さんの展示と同じ家の裏手に回ると、細い階段が現れる。桂林堂の2階は、日の光が差し込む広々とした空間だった。
はじめに目を奪われたのは、麻紐をぐるぐると巻いて太く固くし、空間を悠々と泳がせるように、床から浮かせた作品だ。その一筋の流れに目線を導かれるように、ふと部屋の隅を見れば、皿に入った黒い液体に短い紐が漬けられていて、皿にも紐にも白いサンゴのようなものがこびりついている。実際の生産工程を見たことはないが、なんとなく「塩を作っているのかな」と思った。小皿は他にもいくつか並べられていて、貝殻が乗っている皿や、植物が芽を伸ばしている皿もあった。

Delphineさんは、フランス出身のアーティストである。トビチ美術館のInstagramで紹介されているプロフィールには、彼女のスタジオが「実験室」だと書かれている。Delphineさんの作品は、変わりゆくものを観察するように、私たちに働きかけるという。確かに、次訪れたら塩(かなにか)がより育っていそうだし、植物は背丈を伸ばしているかもしれないし、麻紐の縒れ具合が変わっていそうだ。思えば、空き店舗という一見日常から取り残された空間も、商店街の一部として変わりゆくものなのだ。作品や桂林堂が、これからどう変化していくのか楽しみに思う。

旧将棋道場 ― Shengqi Kong(Kiki) さん

次に訪れたのは、一見住宅のように見える旧将棋道場だ。道場らしい畳の上には、使い古された木の古道具と、殻に包まれた栗がいくつも転がっていた。わくわくしたのは、古道具に刻まれた日本語と英語の丁寧な文字。
「自由に触って、音を出して、楽しんでください!」
自由に音を出していいんだ、という衝撃とともに、子どものころ遊んだ木のおもちゃを思い出す。球をレールの上から転がし、落ち具合や木のレールを流れ落ちる音を楽しむというものだ。
少しためらいながらも、さっそくそばにあった金槌で栗を軽く叩いてみたり、栗を古道具の上で転がしてみたり、どんな音が出るかを試してみた。栗を転がして遊んだことはなく、木の上を転がるぽろぽろという音に、童心に返ったようにすぐに夢中になる。商店街近くの公園で拾ったという栗は、大きさも色も様々だ。木製の古道具と鳴らす音によって、栗の野生らしさが魅力的に際立っていると感じた。

部屋の奥には、小学生ぶりに見た鉄琴もあった。その上に置いてあった桶のような形の古材と、そこからぶらさがるいくつもの栗を鍵盤に転がせば、記憶にある鉄琴の音より柔らかい音が響いた。他にも、糸が張り巡らされた古道具があり、少し触れただけで澄んだ音が鳴った。
Shengqi Kong(Kiki) さんのInstagramによると、今回の展示で展開しているサウンドインスタレーションのテーマは「草蛇灰線」。調べてみると、中国語で「手がかりや痕跡を残すもの」という意味らしい。栗や古道具など、自然や一昔前の風景の手がかりとなるものを使って音を鳴らす体験は、昔懐かしい畳の日本家屋によくなじんだ。童心に返ったような心地になるのには、古民家であることがうまく作用していた気がする。

まとめ

この記事では、文量の関係上、トビチ美術館2023「偶然、ここで。」展のごく一部、3箇所の展示を紹介した。他に見た展示が書ききれないほど充実していたのはもちろん、訪れた時には閉まっていた展示場所もあり、見て回った作品も、制作途中のものがあった。訪れたその時に、その時ならではの「トビチ美術館」を体感できる。
また、商店街ではほかにも、開いている店舗や空き店舗で、様々なイベントが開催されている。ワークショップやマーケットなど、1度訪れて終わりではなく、何度も訪れるそのたびに、商店街の変化を楽しむことができる。次回訪れた時に、アートやイベントでどんな体験ができるのか、今からとても楽しみだ。(小古井遥香)


トビチ美術館2023「偶然、ここで。」展
2023年10月14日(土)~11月26日(日)
入場料:無料
開催場所:長野県上伊那郡辰野町辰野1705-1 トビチ商店街(下辰野商店街界隈)
website:https://tobichi.jp/store/art/
 

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