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【藝術日記2023】「みかんの旅」対談トーク

長野県立美術館「みかんの旅 対談トーク」レビュー

 2023年11月3日から2024年2月12日にかけて、長野県立美術館のアートラボでは廣瀬智央による「みかんの旅」の展覧会が行われている。美術館本館2階に位置するこの「アートラボ」は視覚以外の感覚に訴えるアートをテーマに展示を行っており、アートのラボラトリー(実験室)となることを目指しているという。今回の展覧会は特に嗅覚に焦点をあてた企画であり、展示室に入ると部屋中からみかんの香りが漂っていた。
 この展覧会を受けて、11月26日に廣瀬智央によるアーティストトークが行われた。今回はそのトークの内容を、実際に展覧会を鑑賞し感じたことと重ねながら紹介していく。
 まず初めに、香りがこの展覧会の大きな特徴となっていることについて、廣瀬さんは日本の無臭を好む文化について述べていた。例えばスーパーマーケット等において、イタリアでは果物が山積みにされているのに対して、日本ではすべてビニール袋に包まれた状態で置かれている。日本ではとにかく匂いがしないことが日常となっており、強い匂いは敬遠される傾向にある。しかし海外ではむしろ強い匂いを自ら付ける傾向にある。例えば香水をつける文化は日本よりも海外のほうが圧倒的に盛んである。トークイベントが行われた会場も展覧会場と同じようにみかんの香りが部屋いっぱいに漂っていた。
 思い返せば、美術館という空間において匂いを意識したことは今までなかったと気づいた。美術館は特に視覚に意識を集中する場所であり、ホワイトキューブとして作品以外の要素をとにかく排除する。このことはすなわち、美術館という空間がいかに日常から離れることができるかを意味する。しかし、今回の展覧会では良い意味で美術館らしさをあまり感じなかった。匂いを感じることでこれまで無機質なイメージの強かった展示室が、有機的な場に代わり、普段美術館を訪れるときと比べてリラックスして展示室を見て回れた気がした。

作品「みかんの家」

この、アートが非日常的であること、展示空間が無機質であることについても廣瀬さんはまた、イタリアと日本との比較の中で触れていた。まず、イタリアにおいてアートは生活の一部であるという。イタリアの人たちは各人が批評家であり、作品は一部の鑑賞者たちが選んだものを買うのではなく、自分たちで人、モノを見て買う。日本では作品の答えを作り手に聞くことが多いが、イタリアではそれぞれが自らの答えを求めて作品を見るという。このことからもアートは閉じ込められた非日常的なものではなく、生活と地続きになって存在していることがうかがえる。
 また、この無機質さについて、例えばどこかで街で美術祭を行うとき、街の人々はその美術祭の作品について全く知らないことがある。街はただ場を提供するだけで、街の人と作品とは有機的に結びつくことがない。このように、これまでのアートは箱に閉じ込められて、日常生活からも共同体からも外されることが多かった。
 廣瀬さんはこうした状況への一つの応答として、「コモンズ農園」という企画を行っている。「コモンズ農園」プロジェクトは紀南アートウィークのプロジェクト「みかんコレクティヴ」の一つであり、2022年に始動した。このプロジェクトはみかんの苗木を実際に地域の農家の方たちと協力して育て上げるプロセスを通じて、人々が交流する場を作り出し、豊かに生きるための知恵を見つけ出していこうとするものだと言う。

展示室の窓に書かれた「コモンズ農園のためのスケッチ」

このプロジェクトを考え付いたのは紀南アートウィークに参加する中で感じた農家とアーティストとの近さにあったという。その近さとは、2つの職業を支える作品/作物を完成させるための力強さである。作物は特に、苗木から育てると長い年月が必要となる。この時間をかけて楽しむ姿勢が、周囲との有機的な関係性を生む。作品もそうありたい。
 また、みかんは紀州の人々にとって日常的な作物である。この日常的な柑橘類をもう一度見つめ直すことから、作品は非日常的なものではなく日常へと入り込んでいく。

私たちは、柑橘類が豊かに実る畑「コモンズ農園」を始めることからスタートします。この農園は、自己の利益や経済的利益優先ということではなく、自由な共有資源(モノ・知)の場として、参加者によって全てが共有され、この農園に関わることでよりよく生きるための知恵を見つけ出したりできる場所として機能します。ここでは、想定した結果を目的化して到達点を目指すというよりも、「世界に決まった答えがない」という前提のもと、プロセスそのものを重視します。その過程で起こるさまざまな出来事や出会いを経験・共有することで、緩やかながら楽しい時間を作り出す地域に根ざした農園として、生きられる場所となるよう考えています。
廣瀬智央 みかんの苗木の旅 | KINAN ART WEEK(紀南アートウィーク) (kinan-art.jp)

 これは、「コモンズ農園」の説明に使われていた文章の一部を抜粋したものである。
 「世界に決まった答えがない」という前提の中でプロセスを重視するこのあり方は現代ではしばしば見失われがちである。合理化の進んだ社会では目的/結果が瞬時に結びつくことが重要だからだ。そうした社会の中にあって、目的/結果が結びつくまでのその時間に焦点を当ててみる。その重要さを今回のお話や「コモンズ農園」、展覧会を通して感じることができた。

(芸術コミュニケーション分野4年 後藤湧力)

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