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【藝術日記2023】あさひAIRレビュー② 

9月30日から10月9日まで開催していた信濃大町アーティスト・イン・レジデンスに訪れた。アーティスト・イン・レジデンスとはアーティストが一定期間その土地に滞在し、その環境で作品制作やリサーチ活動を行うプログラムだ。今年は「水をいとなみ」をテーマに選出された4人のアーティストが、信濃大町駅本通り沿いに展示発表を行った。

当日、見て回った順に各アーティストの目に留まった作品、それに対して感じたことを書いていこうと思う。回った順は後藤君と同じになっているので、照らし合わせて読んでもらえると作品全体の雰囲気が分かりやすいと思う。

①     土本亜裕美さん

もしダムが存在しなかったらどのような世界が想像されるのか、新しい物語を創造した展示になっていた。壁画のある洞窟に模した蔵の展示や、ダムが建設されていない高瀬渓谷で考古学者が壁画を発見し、それをもとに発見されたというアニメーション手法の様々なもの、が展示されている。切れ目の入った板を回すことで動いているように見える装置、動く蛇のライト、動物の毛皮の中に空気を入れることで呼吸をしているように見える作品など「動き」をテーマにした作品が置いてあった。

 なかでも印象が強かったのが動物の毛皮に空気を出し入れする作品だ。私は作品に空気を入れることにとても抵抗があった。遊んでいるわけではないのだが亡くなった体を自由にすることはその命の尊厳を傷つけるような気がしたからだ。ただ、一度空気を入れてみると、それまであったためらいが薄れ、素早く出し入れしてみたり深い呼吸をしているかのように空気を送ったりした。ポンプを動かしてくうちに、次第に「命がなくなった者に触れることやそれを動かすことはその者の生を想像する行為なのかもしれない」と思うようになった。昨年祖父が亡くなった時に似ていた。私は祖父の体に触れることに躊躇っていたが、妹は「鼻高いなー」「足細くなったなあ」「イケメンじゃん」などペタペタと触っていた。それは決して遊んでいるのではなくその体に刻まれている人生を読みとっているように見えた。作品に空気を送りながらそんなことを思い出していた。

②     高久柊馬さん

 高久さんが大町で過ごして素敵だと感じた水の風景をモチーフに竹で製作された展示だった。説明するより写真を見たほうが分かりやすい気がする。


写真は入口入ってすぐの場所で撮影したもの。入口付近まで竹が敷き詰められていた。竹を踏みながら鑑賞した。竹や土のにおいがし、踏むとぱきぱきと音が鳴って五感に訴えかける鑑賞体験だった。写真や絵を見るより鮮明に風景を浮かび上がらせることが出来たのはにおいや感触があるからだろう。とても楽しかった。高久さんが「夜中の方が展示きれいだから」と言って特別に夜にも招待していただいた。夜は鏡や散りばめられたスプーンなどが目の端で光り、雫や水滴に見えて綺麗だった。ありがたい体験をさせてもらった。↓夜バージョン

③     井上唯さん


 大町で使われた布を縫い合わせて大きな旗を製作。旗を山頂で掲げている写真とともに民家に展示してある。民家に入ってまず山頂で完成した旗を振っている写真が目に入る。階段を上ると完成した旗が展示してあるのだが、その旗の大きさに目が行く。写真ではさほど大きいようには見えなかったが、大きい。存在感がある。そして1針ずつ縫って作られたその労力に目が行く。布として使われた時間、縫い合わされる時間、多くの時間がかかっていることがわかる。が、実物の大きさを実感すればするほど写真の中の山が、空が大きいことを実感させられる。

 写真家・星野道夫がアラスカで体験したクジラ漁のことを綴った一節を思い出した。「満月である。あたりは淡い白夜の光に包まれていた。海は完全に凪いでいる。まるで示し合わせたように、十数艘のウミアックがいっせいに海へすべり出した。たくさんの影が、光る海の中を音もなく一点に向けて進んでいる。きれいだった。自然という巨大な器の中で動く、小さな人間たちの営みが、たまらなくきれいだった。」

 この写真の中の旗の小ささ、一生懸命旗を振る井上さん、それを取り囲む自然、どれもたまらなくかっこいいなと思った。 

                                     

④     小内光さん

詩と焼き物を民家の中に飾る展示をしていた。「この家の持っているスケール、人の身体のスケール、太陽、岩や山、湖や川。それらはあまりにも違っていて、重ね合わせることは難しい。でも私たちは今ここにいるので、良い隣人としてただ隣り合うことならできる。」と紹介分にある。この文章を体現しているような空間だった。詞では太陽、海、川、山などの大きなスケールのものが語られており、焼き物ではお椀や舟、小さな太陽みたいな焼き物など、人と大きなスケールの橋渡しになるようなものが形作られている。それらの作品が、人の住んでいただろう民家の中で共存している。時間的、大きさ的、イメージ的に、さまざまにスケールが違う者たちが共存する。不思議な、だが納得感のある空間だった。


 全体を通してどれも大町のスケールを感じさせてくれる作品だと感じた。書ききれてないがつむぎ市場など楽しいイベントもやっていてアートを通じて大町を楽しめた。ほかのAIRにも訪れたいと思う。


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