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国立大学の学費を150万円にする問題

慶應義塾長である伊藤公平氏が、2024年3月27日に開催された文科省中央教育審議会 高等教育の在り方に関する特別部会で提出した資料で、「国立大学の学費を150万円/年にすべきだ」という提案をしたとして話題になっています。

話題の資料はこちらです。
【資料2-1】大学教育の多様化に向けて(伊藤委員提出資料)

上記提出資料の1ページ目に、提案要旨として下記が記載されています。

慶應義塾長・伊藤公平氏の提案


1.人口減少時代における大学教育のあり方
・18歳人口の6割が「大学+短大」に進学する現在、高等教育の多様化と高度化により、学生一人ひとりの「志」と「能力」と「生涯に渡り学び続ける力」を高めていくことが大学の極めて重要な役割である。
・そのために、国立大学と公立・私立大学の文系(人文学、社会科学等)学部において「学部+修士課程」をセットとする5年制のディプロマコース教育体系を国レベルで系統的に導入することを提案する。

2.国立・公立・私立大学の協調と競争を促す学納金体系の確立
・国立大学の学納金を150万円/年程度に設定することで、国立大の収入体系の中で利益者負担率を上げながらも、運営費交付金のレベルを調整することで全体収入は現状からの増加を目指す。公立大も同様の扱いとする。
・このことで大学生の8割近くが通う私立大と短大は、公平な土壌で建学の精神に基づく経営努力に取り組むことができる
・その上で、学生それぞれの事情に応じた経済的負担軽減のための奨学金および貸与制度を、国公私大を通じて共通の土壌で整備する。

伊藤公平.大学教育の多様化に向けて
(令和6年3月27日開催・高等教育の在り方に関する特別部会提出資料 p.1)

あまり話題になっていませんでしたが、「公立大も同様の扱いとする」と記載のあることから、国公立大学全ての学費を上げるべきと主張していることがわかります。

どのような意図でこの提案をしたのかを理解しようとしたのですが、下記の説明を読む限りでは、「国立大学ばかりが公的支援を受けて安い学費で学生を集めている。私立大学から見ると、これは不公平だ」と主張しているように見えました。

伊藤公平.大学教育の多様化に向けて
(令和6年3月27日開催・高等教育の在り方に関する特別部会提出資料 p.6)


国立大学の学費はあげられるのか

個人的には、国立大学どころか公立大学も、"Public"なのだから本来は国や自治体が財源を確保して授業料無料で良いくらいだと思っています。優秀だが授業料が工面できない若者がその道を諦めなくても良い仕組みにした方が、国の発展のためになると考えているからです。

しかし、文科省が国立大学法人化を進めた結果、2004年以降、各大学は独自に収入を確保しなければならなくなりました。日本では残念ながら、何かパラダイムシフトとなる政策の転換が起こらない限り、人件費の高騰もあり、学費は今後もあがっていくと思われます。

しかし実際には、国立大学の学費値上げには上限が設定されています(文科省が定める標準額の120%まで)。そして多くの国立大学は2024年現在、既に「上限」に達しており、これ以上増額できないのが現状です。

国立大学の財政状況

国立大学の収入で最も大きな割合を占める運営費交付金は、国立大学法人化が始まった2004年当初から2023年までに、既に約1800億円減少しています。2023年度の国立大学86法人全体の交付金は1兆626億円ですので、1割を超える金額が削減されているのです。

国立大学法人運営費交付金総額の推移(旺文社教育情報センター,2023)


なお国立大学法人の予算(収入)の半分が運営費交付金、そしてもう半分が自己収入です。自己収入のうち、約7割が附属病院収入、残り3割が授業料や入学検定料等です(旺文社教育情報センター,2023)。

23年度国立大学法人予算<収入>(旺文社教育情報センター,2023)


これらの”収入”には、運営費交付金算定対象外である外部資金(科研費等の競争的資金)は含まれていません。科学研究費補助金等はいわゆる競争的資金として1人または複数の研究者により行われる研究計画の研究代表者に交付される補助金であって、研究機関に交付されるものではないからです。

しかし運営費交付金算定対象外であっても、いわゆる”間接経費”と呼ばれる事務局用の費用は、法人の収益として整理されています。寄付金や受託研究費等も、法人の収益になります。その結果、同じ国立大学の中でも、そういった競争的資金や寄付金を獲得できる東京大学・京都大学等のトップ大学では、収益の中で外部資金が占める割合が増えています。例えば下図は、京都大学の2022年度経常収益の分布です。

令和4年度経常収益(京都大学アニュアルレポート2023, p. 22)


国立大学間の格差が広がっている

既に上限に達している授業料からの収入はこれ以上増やせないので、近年各大学が力を入れているのが、外部資金(による間接経費)の獲得です。それにより全国の国公立大学教員は、「外部資金を獲得せよ」と大号令をかけられています。

そして、国立大学の”稼ぐ力”が重要視された結果、トップ大学とそれ以外で収入格差が広がっています。トップ国立大学は、法人化により運営費交付金が減少しているのにも関わらず、むしろ歳入額を増やしています。

例えば京都大学の場合、2022年度に受託・共同研究等収入だけで382億円、他に寄付金で133億円、科研費等で148億円を受け入れています。まさに文科省の思惑である”選択と集中”が成功していることが伺えます。

主な運営財源の推移(京都大学アニュアルレポート2023, p. 19)


一方で日本には、国立大学が86もあります。

同じ国立大学でも、このように法人化により安定的に収益を増やしている大学ばかりではありません。さらに、急激な少子化により、今後は多くの大学で学生確保が難しくなり、授業料と検定料収入が減っていく可能性があります。さらに、労働者人口の大幅な減少により、さらに人件費が高騰していく可能性が高いです。

外部資金を獲得する競争力のある国公立大学、そして附属病院を持っている(つまり、医学部がある)国公立大であればその分の減収をカバーできる可能性がありますが、今後さらに厳しい財政状況に置かれる大学の方が多いのではないかと思います。

ただし前述の通り、国立大学の授業料値上げには上限があります。そういう意味では、安定収入という意味で、できれば授業料を上げたいと密かに思っている、あるいは、上げざるを得ない状況にある(なる)大学も少なくないかもしれません。

急激な若者の人口減により、大学が供給過剰になる状況が近い将来確実にやってきます。国としては、自らの手を汚すことなく、自然淘汰という形で、さらに”選択と集中”を進めたいところなのではないでしょうか。そのような中での、文科省中央教育審議会特別部会での私大学長からの提案。

本来、教育は国の根幹を担うインフラであるはずです。教育機会の担保のためにも、文科省が提案を鵜呑みにして授業料値上げの規制緩和を進めないことを願っています。


参考資料元


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