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{ 40: 戦士(2) }

{ 第1話 , 前回: 第39話 }

黒いとうで最初に目覚めた時、春樹は、この犬面の大男の声に聞き覚えがあると思った。その時は何となくそう思っただけで、理由はついぞわからぬままだった。でもたった今その理由に気づいてしまった。

この男の声は、カンパニータワーをおそったテロリスト、イッショウの声とすさまじく似ているのだ。声だけじゃない。イッショウとニショウ……名前さえ似ているじゃないか。そして、両者ともおなじ犬の仮面をかぶっている。声が似ているなら、年齢ねんれいも似たようなものだろう。もしかしたら、この犬面の大男は、イッショウの血縁けつえん者ではあるまいか? いや、間違まちがいなく、血を分けた兄弟だと春樹は思った。ちがうのは、角の数だけで、イッショウが二本角だったのに対し、ニショウの仮面は一本だけだ。

春樹は、今そんなものを使う用事はないのに、マイナスのドライバーを工具箱からとりだした。ドライバーの先端せんたんを鏡のように使って後ろを見ようとしたのだ。こんな時のためにというわけではないが、春樹はいつも工具をピカピカにしている。我ながらいいアイデアだと思ったけど、そうそう都合よく背後の様子はわからなかった。わかったのは、ニショウが仮面を外していることだけだった。

テロリストが道端みちばたで素顔をさらすだなんて予想していなかった。黒いとうがヤツらのアジトであることをかんがみれば、もしかしたら仮面をかぶっていることのほうが不自然なことなのかもしれないけど、いずれにしても、そんなことはどうだっていい。それよりもニショウの顔の方がずっと気になった。

春樹は、動物面の裏の顔を見たことがなかった。かれらがどんな顔貌かおかたちをしているのか、が非でも知っておきたいという衝動しょうどうにかられたけど、さすがにふり向く勇気はない。「ぼくの正体がバレたら」という恐怖きょうふが、好奇こうき心をはるかに上回っている。

それにヤツらは、赤いかみと赤い目を持っている。仮面の隙間すきまからのぞいていた血のようなひとみ、頭の後ろであらしの中のほのおのように乱れるかみ……そのどちらもが、春樹にとって恐怖きょうふ象徴しょうちょうだった。そういったモノがこの目にんだとき、意識を保つ自信はまだなかった。トマト責めという拷問ごうもんをロウが思いついたおかげで赤色にもそれなりに慣れたけど、やっぱりテロリストはこわい。

めずらしいな、兄貴が街を歩いているだなんて!」
 ロウが大きな声で言った。
「何かあったのか?」

おいおい、長くなりそうな話をわざわざ自分から始めないでくれと思ったけど、もちろんそんな態度はおくびにも出さないで、春樹は電源ケーブルを曲げる作業に勤しんだ。

「あったというほどでもないのだがな……」
 ニショウは言った。
「最近、イサミという侵入しんにゅう者がここら低層階の街に出没しゅつぼつしているんだ。おまえは、『とう探索たんさく者』などと呼んでいるようだが……」

「そいつが何かしたのか?」

逃亡とうぼう犯だ。一ヶ月ほどまえ、おれたちがつかまえたんだが、処刑しょけいの直前で逃亡とうぼうした。火葬かそう屋のマヌケめ……ヤツがしたことを報告し忘れていたんだ。直前の火葬かそうに集中していたせいで、火葬かそう部屋を出ることもできず、報告するヒマがなかったってな。まるで、その火葬かそうを命じたおれのせいだと言わんばかりだった」

「たかだか逃亡とうぼう犯を追いかけるために、兄貴ほどの戦士がわざわざされているのかい?」

「それもそうなんだがな……」

「兄貴ほどの戦士」あたりでニショウは何やらむずがゆいモノを感じたようだ。春樹はその様子を直接見たわけではないし、ニショウだってその態度をかくそうとしていたけど、声のうわずった調子からかれが得意げなのはわかった。

「その逃亡とうぼう犯は、人間奴隷どれいの解放の罪で指名手配されている。普段ふだんとうの中層で活動し、高層にさえ侵入しんにゅうしたことがあるほどなんだが、そんなヤツがなぜこんな低層の街をウロチョロしているのか、少し気になってな……いずれにしろ『とうの主様』に楯突たてつく者をのさばらせておくわけにもいくまいよ。まあ、おれから言わせれば、人間というだけですべからく大罪であり、屋根裏にひそむネズミと同じく根絶やしにするにしたことはない。それに……」

「それに? それにどうしたんだい、兄貴?」

余計なことを聞くなロウ、と春樹は火事で焼けげたかべに向かってさけびそうになった。

「ロウ、おまえに聞きたいことがある。その侵入しんにゅう者の他にも、よそ者の太ったガキを見なかったか?」

「いや……」
 ロウは、何かを考えているかのようにしばらく間をおいてから答えた。
「心当たりは……ないかな……そいつも人間か?」

さっさと話を切り上げてくれ。いつまでも、電線ケーブルを曲げているわけにはいかないぞ。

「そうだ。人間のガキだ」

「その人間が、いったい何をしたんだい?」

「死んだ者の行方をたずねる意味はなかろう」

突如とつじょ女の声がしたので、みんなそちらをふり向いた。スイレイだ。春樹もついつい顔をあげてしまったけど、あわててケーブルを曲げる作業にもどった。

「そのガキの処刑しょけいには、お前も立ち会っただろう。焼いたあとの灰を確認しているというのに、生死を気にするのは時間のムダだ」

火葬かそう屋のヤツは、少量の灰をおれたちに見せただけだ。ガキの成れの果てだと言ってな……その灰がほんとうに例のガキなのか、あやしいものだ。少なくとも、犯罪者をのがし、報告をおこたったマヌケの証言を鵜呑うのみにする気はない」

「なにがあっても火葬かそう部屋を出ず、灰になるまでヤツを焼きくせと命じたのは、ニショウ、貴様だろうよ。そんなことよりも、さっさと二十一階に行くぞ。この街には、侵入しんにゅう者の目撃もくげき証言はない」

「おいスイレイ……おれに指図するな」

ニショウの冷たい声がした。ロウと気さくに話していた声色とはまるでちがい、会話の外にいる春樹さえふるがらせるほどだった。

「主様の命でしかたなく組んではいるが、おれはお前を認めたわけじゃねぇ」

「いまのは、指図のつもりではないのだがな……」
 スイレイはため息をついた。
「だが、すまなかった。これからはお前のマヌケぶりに言及げんきゅうしないようにするよ……」

背後では、スイレイとニショウとがにらっていることだろう。春樹はそちらを見れないけど、いつも無邪気むじゃきに口をはさむロウが、この時ばかりは固唾かたずをのんでいるのがその証拠しょうこだった。ピリピリとした空気は痛いほどで、しばらくはだれも何も言わなかった。

まもなくこの場所で殺し合いが始まるのでは、と春樹はおもった。不死身の者同士が戦えば、果たしてどうなるのかわからないけど、ふたりが戦うことに文句はない。両者ここでたおれてくれたなら、なおのことけっこう。ただ、戦いにまれたらたまったものだじゃないだろう。イッショウが人間をバスケットボールのように投げ、スイレイが大型車をひっくり返していたあの光景が、今もありありと目にかぶ。

げる準備だけでもしておこうと、春樹は手にしていた工具をできるだけ静かにこしのポーチにしまった。けれど、予想に反し(もしくは期待に反し)争いは起こらなかった。スイレイがだまってその場を立ち去ったからだ。

「スイレイめ……次に何か生意気なことをいったら、首を引きちぎってやる……」

飛びかかりこそしなかったものの、いかにもそうするべきだといった調子でニショウはき捨てた。声の届かないところまでスイレイが行ってしまうと、ロウは息をついた。

「ふぅ、おっかなかったな……兄貴、あのきつね面の戦士はだれだい?」

「スイレイ……以前にイッショウと組んでいた女だ。とうの主様より二本角のきつね面を拝領している」

「角は兄貴よりも多いんだな」

ロウのこの発言に、ニショウはカチンときたようだ。

おれより早く『覚醒かくせい』しただけのことだ。角の数は、覚醒かくせい後の経過時間を示しているに過ぎない。だから、おれよりエライわけじゃない。ましてや、おれより強いわけでもねぇ。おい、そんなことよりも……そこにいるガキは、おまえのツレか?」

春樹は飛び上がりそうになった。この様子ならぼくの存在なんか気に留めず立ち去ってくれると期待していたのに、運命はなんと過酷かこくなことか……まずい、どうしよう? どうしようもないぞ……頭が真っ白になり、春樹はその場でくした。

「あぁ、こいつはウチの新入りなんだ」
 ロウが言った。

ロウ、うまくごまかしてくれと、春樹は心の中でさけんだ。

「いまおれが仕事を教えてやってるのさ。おい、新入り! こっち来て、ニショウの兄貴に挨拶あいさつしろや!」

「なんてことを!」と、今度こそ春樹はさけびそうになった。ロウなんかに自分の運命をたくさずにげておけばよかったと心底後悔こうかいした。でもいまさら文句をいったところで時間がもどるわけじゃない。

春樹は観念し、ニショウの方を向いた。それも、かみが乱れるくらいのとびきりの速度で。

「ヤガンです!」
 春樹はやけくそになって言った。
 それから、ニショウと目が合わないうちに、ハンチングぼうを取り去って、ヒタイを地面に打ち付けんばかりの勢いで頭をさげた。
「ロウの兄貴のところで世話になっています! どうぞよろしくおねがいします!」

「すまねぇな兄貴」
 ロウは言った。
「ヤガンは初めて戦士と会って、すげぇ緊張きんちょうしてるんだ。こいつには、あとで礼儀れいぎってのをたたんでおくから、今日のところはカンベンしてくれ」

春樹は、そのままの姿勢で待った。自分の顔からあせがポタポタと地面に落ちるさまを見続けていた(地面に水がみあっという間に雨のあとのような模様ができた)。ニショウがぼくの正体に気づかないまま去ってくれるなら、永久にこのままの姿勢でいいとさえ春樹は思った。

「そうか……」
 やがてニショウの声が聞こえた。
「まあ、なんだっていい……おれもそろそろ行くとするか……じゃあな、ロウ、元気でな」

春樹は飛び上がって喜びそうになりつつも、こしを直角に曲げた姿勢を維持いじした。ニショウは、なおもロウに二言、三言を残した。

「そうだ、ロウ……おまえに言っておくことがある。イッショウの兄貴が死んだんだ」

「なんだって!」
 ロウが声をあげた。
「まさか寿命じゅみょうが来たのか?」

「いや、そうじゃない。兄貴の寿命じゅみょうは残っていた。まだ二本角だったからな……」

春樹は、たのむからさっさと切り上げてくれと懇願こんがんしながらも、ふたりの話に耳をかたむけていた。

「殺されたんだ。戦いに負けたわけではないが、カンパニーへの攻撃こうげきの最中に死んだんだ。戦士の死を気安く教えるべきではないんだが……おまえはイッショウの兄貴になついていたから、伝えておこうと思ってな」

結局、春樹がニショウの素顔を見ることはかなわなかった。唖然あぜんとするロウを置いてニショウが立ち去り、春樹はなおもふるえながら頭を下げていたからだ。


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