{ 第1話 , 前回: 第49話 }

「子どもの頃ころ、電線をずっと辿たどって行ったことがあるんだ」

ロウ特製の晩餐ばんさんをすっかり平らげると、春樹は食器を片付けながら昔の話を始めた。

「自転車に乗って、家から電柱を辿たどり、郊外こうがいの鉄塔てっとうを順番に巡めぐったんだ。秋人を連れてさ。ちょっとした冒険ぼうけんだったな。電線が、どこまで続くのか気になったんだ」

「発電所まで続くんじゃないか？」
　ロウは言った。

「僕ぼくもそう思った。でも、たどり着けなかったんだ。発電所は遠すぎて、子どもが自転車で行けるような所じゃない。そのかわり、たどり着いた先に変電所があったんだ」

「変電所ってなんだ？」

「変電所を知らないのか？」
　春樹は驚おどろいて言った。
「毎晩、電気基礎きその講義を聞かせていたってのに……いいか？　変電所というのは、発電所から大電圧で供給される電気を、一般いっぱん家庭でも使えるよう弱い電圧に変換へんかんする……おい、寝ねるな、ロウ！　しっかり話を聞け」

「おっと、すまん。おまえの話は長いから、いつも眠ねむくなるんだ。あやうく自分からあの悪夢を見に行くところだった」

「とにかく、電線を辿たどっていけば、必ず変電所にたどり着く。そこがポイントなんだ」

「たどり着くから何だってんだ？　隠かくし階段となんの関係もないじゃないか」

「それがあるんだよ。今から説明するけど、話が長くなるからって寝ねるなよ？」

春樹は、洗い終えたばかりの皿を布で拭ふいて棚たなにしまい、それからベッドに腰掛こしかけているロウのとなりに座った。

「僕ぼくは、変電所がこの街の地下に隠かくされていて、そこから下の階の街へ移動できるとにらんでいる。変電所こそが、上の階と下の階をつなげる隠かくし階段の正体なんだ」

「どういうこった？」

「電線は、すべてつながっているんだ。いいかい？　電線は、それぞれの階に穴を通してつながっているんだ。四十九階にある発電所から地上まで。その電線をたどることができれば、僕ぼくたちは地上にまで行くことができる」

「電線の他にも、ガス管、水道管みたいに、階の間を通さなくちゃならないモノはいっぱある」
　春樹は続けた。
「そして電線や水道管の通り道のどこかに、必ず変電所のような電気設備と、給水・排水はいすいの水道設備があるはずなんだ。おそらく、宿命的に土地不足ともいうべきこの黒い塔とうでは、そういった設備は建てものの内部……もっと言ってしまえば、人目のつかない地下に隠かくされていると僕ぼくは推測している」

「設備を隠かくす理由は？」

「攻撃こうげきに対する防御ぼうぎょだ。もし僕ぼくがケモノの戦士を倒たおすためにこの塔とうを攻せめるとしたら、かならずビル管理設備を制圧する。この塔とうを作った者たちは、そういうった攻撃こうげきの対策のために隠かくそうとしている。塔とうの住民たちにすら隠かくしているんだ。でも、たとえ隠かくされていたとしても、点検や修理のために誰だれかが出入りしているはずなんだ。それこそが、『隠かくし階段』という曖昧あいまいなウワサの出処なんだろう……」

「なるほどな、納得したよ」
　ロウは言った。
「だけど、春樹、ひとつだけ言わせてくれ。おまえの話が正しかったとしても、問題がふたつあるんだ。その問題ってのは、つまりこうだ。変電所は隠かくされているから、どこにあるのかわからない。『隠かくし階段』が、『隠かくされた変電所』って呼び方に変わっただけだぜ？」

「電線をたどる」

「どうやって？　お前の住んでいた東京なら電柱ってやつを辿たどって行けばいいんだろう？　でも、ここらの建物に電気を供給する電線は、すべからく地下に埋うまってるんだ。まさか道を全部掘ほり返かえす気か？」

「その必要はないよ。僕ぼくがいったいどれだけのこの街の配電設備を見てきたと思っているんだ。電線の経路のなら、ある程度は推測できる。ふたつめの問題はなんだい？」

「地下に変電所があったとして、それが下の階の建物とつながっているという根拠こんきょは？」

「僕ぼくがこの塔とうを建てるなら、そう設計するからだ。その方が、保守と安全管理面で効率がいい。送電用の電気ケーブルを隠かくすための建てものだって必要だからね。まぁ、確信があるわけじゃないのだけど……」

「確信がなくても探してみるっきゃないな」
　ロウはニヤリと笑った。
「面白そうだ。俺おれも、その変電所探しに付き合うぜ」

「そう言ってくれると思った」
　春樹は言った。

◇

その日は、ふたりとも夜遅おそくまで起きていた。ロウは、昨日の今日でとても眠ねむる気にはなれないようで、それは春樹も同じだった。とはいえ時間が経つにつれて疲つかれを感じるようになり、二人は電気をつけたまま、ベッドで横たわった。話は、まだ続いていた。

「具体的にどうやって変電所を探すんだ？」
　ロウの声が、ベッドの上段から聞こえた。

「今のところ、愚直ぐちょくに歩いて電線をたどる以外の考えは思いつかない」
　ゴロンと横向きになり、春樹はベッドのすぐ脇わきの壁かべを見つめながら答えた。
「送電網もうの設計図のようなものがあれば、手っ取り早いのだけど」

「設計図かぁ。見たことないなぁ」
　ロウは言った。
「親方連の資料室にいけば、そういうのが見つかるかもな」

「おやかたれん？」

「電気工事士親方連合」
　ロウは言った。
「俺おれたちに仕事を斡旋あっせんしてくれる組合みたいなものだ。住民は、電気に関して困ったことがあれば、親方連に仕事の依頼いらいする。親方連は、俺おれたちみたいな雇やとわれの身の工事師を現場に派遣はけんする。工事が終わると、住民は親方連に工事費を支払しはらい、俺おれ達は親方連から報酬ほうしゅうをもらう。金は、まぁ、それなりにピンはねされるが、仕方ないさ。親方連に頼たのまなきゃ、電気工事の仕事はさせてもらえないからな」

「へぇ。なんだか納得いかない話だね」

「納得いかなくても、そうなってるんだから仕方がない。東京には、親方連はないのか？」

「いや、聞いたことないなぁ。やっぱり、腕うでのいい職人が多いのかい？」

「いや、いけ好かない連中の集まりだ。偉えらそうにするだけで、腕うでもたいしたことない。でも、おれに仕事を教えてくれた親方だけはちがうぜ。その親方は……あ……あぁぁぁ！」

「どうした！」

突如とつじょ、ロウが叫さけび出したので、春樹は驚おどろいて体を起こした。その拍子ひょうしに、ベッドの上段に頭をぶつけてしまったので、また布団に崩くずれ落おちた。

「だ、大丈夫だいじょうぶか、ロウ？」
　春樹は、痛む頭を抱かかえながら尋たずねた。
「まさか、あの夢を見たのか？」

「ちがう！」
　ロウが答えた。
「とんでもないことを思い出したんだ！」

「なにを？」

「変電所だ！」
　ロウは言った。
「俺おれ、そこ行ったことがあるかもしれない」

「はい？」

春樹は、今度こそ頭をぶつけないよう、慎重しんちょうに起き上がった。ロウが、ベッドの上段からこっちに顔をのぞかせていた。

「出発するぞ、今すぐ。みんな寝静ねしずまってる夜のほうがいい。うまくいけば、今夜のうちに変電所を抜ぬけて、下の街に到着とうちゃくできるかもしれない」