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俳句鑑賞 ひらくヨムヨム006

くちびるの奥に歯バレンタインの日

稲畑とりこ 第5回令和相聞歌 最優秀賞より

 情熱的な想いで手渡された女性のチョコレートが、清潔で真っ白な歯によってかみ砕かれ、口中の熱によって融け、男性を官能的な甘みで包み込む。気をつけなければ恋の病で虫歯になってしまうかもしれない……というような単純な句ではないだろう。掲句には固有名詞の力がある。
 日本の季語であるから、「バレンタインの日」という季語も日本の文化のありように従えばいいのだろうか。古代、ローマ皇帝の禁令に背いて密かに兵士たちの結婚式を挙げ、殉職した聖Valentinusの日なのだ。くちびるの奥にある歯が見える瞬間は、神父が永遠の愛を問うときであり、新郎と新婦の誓いのときであるだろう。
 恋は甘いが愛は生やさしくはない。恋人たちも、夫婦も、名前のない関係で連れ添う人たちも、時に白い歯を見せて笑い、時に人に見せない歯を食いしばって生きている。

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