杉山久子の俳句を読む 23年02月号②

鳥雲に帽子ケースの中真青

(『俳句新空間 BLOG俳句空間媒体誌 No.17』所収)

 「鳥雲に」は仲春の季語「鳥雲に入る」の傍題である。この季語が一句の上五にあれば、避寒の地に別れを告げ、子を産み育てるため、遥か北方の故郷をめざして真っ白な雲に吸い込まれる鳥の群れが、読者の心の空に現れる。大きな景である。私たちが北の地における彼らのこまやかな営みを見ることはない。私たちが空の高きに見るのは、いつも旅立ちだけである。
 帽子の収納場所は様々だ。帽子専用のハンガーに掛けっぱなしにしておく人もいるだろうし、クローゼットの棚の上に重ね置く人もいるだろう。筒状の箱のような帽子ケースを必要とするなら、型崩れを防ぐ必要のある、ツバ広のキャペリンや、こんもりと丸い山高帽、しっかりとしたフェルトの中折帽がある。冬帽子はコートやブーツと同様に、北風や雪から人々を守るもの。では、その役目を終えるのはいつだろう。春一番が吹き抜けた頃か、雪どけの頃か。
 今、帽子ケースの蓋を開ければ、ルネ・マグリットのごとき作者の鮮やかな俳句の奇術をもって、吸い込まれそうな青空が出現する。その空の中にそっと帽子を入れ、蓋をかぶせるとき、帽子は旅立つのである。渡り鳥のように。


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