寒竹泉美

京都在住の小説家です。医学(博士)です。理系ライターもやっています。

第20話 ちょうどよい娘|2019年5月

果穂は病院の中にあるカフェでだらだらしていた。カフェはオープンな構造になっていて、廊下を歩いて行く人たちがよく見える。近所の病院と違って、ここにはいろいろな種類の患者やスタッフがいる。男も女も、赤ん坊も老いた人も、病状も格好もさまざまだ。歩き回っているのは比較的元気な人たちだろうから、ここにいるよりずっと多くの人がベッドに寝て治療を受けているのだろう、と果穂は思った。

 支払いも済ませたのにす

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文芸とは何か―『吃音 伝えられないもどかしさ』(近藤雄生・著)を読んで

今日はわたしが非常勤講師をしている大学の入学者説明会と、読書会。チーム・パスカルの一員としてお仕事を一緒にしている先輩ライターの近藤雄生さんのノンフィクション本『吃音 伝えられないもどかしさ』を取り上げさせていただくのです。

『吃音 伝えられないもどかしさ』近藤雄生(新潮社)

文章を書きたいと思って文芸コースの戸をたたく人の多くは、小説やエッセイを念頭に置いてて、ノンフィクションやルポタージュ

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【短編小説】土のうつわ-5

森川の予告のおかげで、編集長から電話がかかってきても驚かなかった。でも、電話の内容は予想していたものと違っていた。
「陶子さんのお母さんって、米谷瑞穂だったのね。知らなかったわ」
 編集長の声は、陽気に弾んでいた。
「それでね、もし、陶子さんが嫌じゃなかったら、うちで、親子で特集させてもらえないかな。陶子さんのうつわに、瑞穂さんの料理を載せる、親子のコラボレーション」
「わたしは構いませんけど、母

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【短編小説】土のうつわ-4

大きなレンズが横に移動して、カメラマンの顔が現れた。
「緊張してる? 普段みたいに笑ってくれたらいいよ」
「普段も、笑いません」
 わたしの答えに、カメラマンはぷっと吹き出した。
「何かおかしいですか?」
 思わずわたしは抗議した。森川と名乗ったカメラマンは、ひょろりと背が高く、大学生のような格好をしている。もらった名刺によると、わたしよりも五歳年上だったが、そうは見えなかった。大きなカメラを首か

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【短編小説】土のうつわ-3

わたしにうつわを作ることを教えたのは、瑞穂の十一人目の恋人だ。
 瑞穂は男が変わるたびに、引越しをした。相手の家に転がり込むこともあったし、男と一緒に新しい部屋を借りることもあったが、未成年だったわたしは、母親である瑞穂の付属品として、一緒に引っ越さなくてはいけなかった。そのせいで、わたしは転校ばかりしていた。
 十一人目の恋人の家は、都会からずいぶん離れた山奥にあった。引っ越しの日、わたしたちは

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