心の描写がないと魅力的な人物は書けない(小説の書き方の教科書のようなもの⑤)

2章 心の描写に挑戦する
2-1. 心の描写がないと魅力的な人物は書けない 

 講座や授業で「自分の気持ちを表す文章を書いてください」というと、たとえばこんな文章を書く人がいます。

本はすばらしい。読めば知識を簡単に手に入れることができるし、空想を広げることができる。さらに手軽に持ち運べるし、なにより安い。もっとみんな本を読むべきだ。

 さあ、この文章の中に気持ちを表す言葉が書かれているでしょうか。実は書かれていないのです。「すばらしい」というのは本の性質を表す言葉です。2文目、3文目も本の特長の説明です。最後の文は意見ですが、書き手の気持ちは書かれていません。
 そう説明すると、書いた本人は心外だという顔をします。本を見て「すばらしい」という気持ちが沸き起こったのだから、これは気持ちに違いない、なんでダメなんだ、と。なぜダメか。それは、性質を示す言葉だけでは書き手や登場人物の人間性を表すことができないからです。「本がすばらしい」と考える人が10人いたとしても、10人の心のうちはそれぞれ違うはずだからです。

 本を目の前にして、わくわくする人、尊敬の念が湧く人、ほっとした気持ちになる人、改まった気持ちになる人……みんな「本はすばらしい」と考えていますが心の中はバラバラです。もしかしたら、本がすばらしいということはわかっているけれど、読むのが遅かったりなかなか読む時間が取れないせいで劣等感や焦りや憂鬱な気持ちが湧いてくる人もいるでしょう。その人だって、本はすばらしいと考えてはいるのですが、心の中はこんなにも違うのです(ちなみにわたしは本は好きですが、本屋に行くと活躍している作家さんの新刊が並んでいるので劣等感と悔しさと情けなさと憂鬱な気持ちが混じり合って、純粋に楽しむことができません)。

 もう少し単純な例を挙げましょう。お肌がつやつやで目がぱっちりで美人でスタイルのいい若い女性が目の前にいるとします。「きれいだな」と誰もが思うことでしょう。しかし気持ちを書くというのは、この「きれいだな」という言葉を拾うことではありません。「きれい」というのは女性の特徴を表している言葉であって、見ている人の気持ちではないからです。

 この「きれいだな」の奥にある、自分でも気づいていないもやもやの塊を見つけて、引っ張り出して、言葉にして外に晒す。これが気持ちを言葉にするという作業です。

 では、やってみましょう。目の前にきれいな人がいると想像してください。女優さんの写真を見てもいいでしょう。その人がリアルに目の前にいる。あなたの心はどんな状態になりますか?

 気持ちを言葉に表す方法を下に図示してみました。想像し観察し言葉を探す、3ステップに分けています。自分の気持ちがわからないと、小説の登場人物の気持ちが書けません。

 どんな気持ちが出てきましたか? わたしのほうで思いつく限り列挙してみます。

・相手のことをもっと知りたくてわくわくする。
・恥ずかしくていたたまれない
・緊張してつらい気持ちになる
・劣等感に苦しくなる
・うっとりして幸せな気持ちになる
・自分のことをどう思っているのか不安になる
・性悪そうだなと軽蔑の気持ちが湧く
・うらやましい
・対抗心が湧き起こって興奮する
・エッチな気持ちになる
・自分の若いころを思い出して懐かしい気持ちになる
・自分の娘を思い出して、心配な気持ちになる。

 いかがでしょうか。どの気持ちもあり得ると思いませんか? そしてこんなふうに、きれいな女性を見たときにどんな気持ちが湧くかというだけで、その人物の年齢や性格やコンプレックスや生き様のようなものが垣間見えてきませんか?

 ではここでもう一度、以下の文章について気持ちを加えて書くとどうなるかみてみましょう。

本はすばらしい。読めば知識を簡単に手に入れることができるし、空想を広げることができる。さらに手軽に持ち運べるし、なにより安い。もっとみんな本を読むべきだ。

 まず、本を目の前にして自分の中にどんな気持ちが湧き起こるかを観察します。たとえばわたしなら、これから何が始まるか、わくわくするような気持ち。未知の世界を探検するような、ドキドキする気持ち。日常を離れて読書できることに対する幸福な気持ち。これを書いた作者に対する尊敬の念。面白くなかったらどうしようというちょっとした不安も混じっています。

 今挙げた気持ちはすべて小学生みたいな語彙で構成されていますが、このような気持ちを順番に書いていくだけでも、「本はすばらしい」というメッセージがよりくっきりと伝わります。文章にするときはもう少し大人の語彙にしたり情景描写に託してもいいかもしれませんが、まずは、つたなくても子どもっぽくても、自分の気持ちを言語化するというステップが大事です。それをやらないと、魂の入らない空っぽな文章になってしまうからです。

 わたしの中から出てきた気持ちをもとに、こんなふうに書いてみました。

 本はわたしを未知の世界に連れて行ってくれる。ページを開くと胸が高鳴り、物語の世界に入り込むと心は踊る。面白い本に出会えた時は、子どものようにわくわくしてページをめくり、日常を忘れて没頭する。読書をしている間は、わたしはわたしでいることを忘れられる。そんな時間を一日の中に確保できたときは、自分で自分をほめてあげたいような誇らしい気持ちになる。コーヒーを用意して、さあ、これから読むぞ、と本を手に取ったその瞬間の幸福感。これがたった数百円で味わえるなんて、本は人類の最大の発明だと思う。

 どうでしょうか。本のすばらしさ、少しは伝わったでしょうか。

 本好きの登場人物を描くときは、こんなふうに気持ちを書けば「ああ本当にこの人は本が好きなんだなあ」と伝わりますし、本が好きでない読者も「へえ、そんな気持ちがするんだ」と興味を持ってくれると思います。

 何度もしつこく言うようですが、気持ちを書くのは意識しないと書けません。「本はすばらしい」と書いてもいいのですが、そのあとに、すばらしいってどういう気持ちになるんだろう、と自問自答して、想像し観察し言葉を選ぶというステップを行い、出てきた言葉をもとに再構成します。

 わたしたちは誰も気持ちを目で見たことがありません。でも、人には(動物にも)気持ちが存在することは知っています。だから、周りの状況やその人の性質や行動パターンや動作や見た目から、この人はいまこういう気持ちなんだろうなあと「想像」します。

 言葉から判断することもありますが、言葉だけでは判断しません。「楽しいよ」と言っているけど実はつまらないんだろうなあと想像したり、何も言わないけれどもこの人は彼を愛しているんだろうなあと察したりすることもできます。

 このようにわたしたちは他人の気持ちを想像する能力をもっていますので(しかも結構、高性能です)、これを「自分の気持ちを想像する」ことに応用してほしいのです。

 自分の気持ちを言葉にしていくことが必須になる文章ジャンルは「エッセイ」です。それができないとエッセイになりませんので、自分の気持ちを想像することについては「エッセイの書き方」で詳しく説明しますが、自分の気持ちを言葉にできないと登場人物の気持ちを書くことができず、登場人物の気持ちが書けないと人物の個性や魅力は伝わりにくいのです。

 ですから、まずは自分の気持ちを言葉に表す練習をしてみましょう。普段、SNSや日記を書くときも「おいしい」とか「いいね」とか「最高」などのような対象の性質を示す言葉だけで書くのではなく、上の図で示した3ステップで、自分の気持ちを表す言葉を探し出して書いていく訓練をしていきましょう。筋トレと同じで、最初は大変ですが、コツコツ続けていけばいくほど、言葉が出やすくなってきます。気持ちを表すことができるようになれば、文章が驚くほど生き生きとして、あなたならではの魅力が現れてくると思います。

 次は「登場人物の心を書く」方法について解説します。

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寒竹泉美

京都在住の小説家です。医学(博士)です。理系ライターもやっています。

小説の書き方の教科書のようなもの

モチベーションを維持するために、完成するまでは無料公開しています。完成したら500~1000円くらいで有料化します。無料で読みたい人は推敲前の粗々ですが、よかったらどうぞ。9月末くらいまでには完成したい。
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